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「というか、リズレッドさんはいいんですか? この状況?」


 唐突に話しかけられたリズレッドが、俺と同じように眉を寄せながらきょとんとして聞き返す。


「いいとは、何がだ? 私としてはさっきの鏡花の言葉で、少なくとも加入中に人は斬らないだろうと得心した。完全に信頼するという訳ではないが、選り好みをしている時間も惜しいしな。それに昨日の剣戟の腕を見ても、古代図書館で立派に戦力として通用すると思うが」

「ああ、そうですね。おふたりが良いなら、私もそれでいいです……」


 なぜか盛大に疲れた様子でアミュレはとぼとぼと歩き始め、窓辺に置かれた椅子に座り込むとそのまま沈黙した。

 だけど彼女の気持ちを考えれば、それも仕方ないことなのだろう。人を癒すことを自分の在り方だと信じるアミュレには、どんなに鏡花が真意を口にしても、簡単には納得できないものがある。だというのに探索のためならと折れてくれた少女に、果たして俺はどんな言葉を手向けることができるだろうか。疲れ切った様子で窓の外を見ながら小さく「おふたりとも鈍感すぎます……」と呟いているアミュレに、俺はそっと傍に寄り、言った。


「大丈夫だアミュレ。お前の気持ちはわかってる。辛かったらアミュレだってもっと甘えていいんだぞ? 俺はアミュレのためなら、なんだってするんだから」


 ――そうだ。メフィアスとの戦いの最中、自我を消失しかけた俺を繋ぎ止めてくれた、この少女のためなら、俺はなんだってする。こんな暗い顔をさせたまま、無理やり鏡花をパーティになんて入れない。そう思って椅子に座るアミュレの頭を撫でた。『トリガー』を発動していなくても、この程度の感触なら正常に触感は伝わる。子供特有の柔らかく艶やかな栗毛の髪が、撫でるたびに手の内で踊った。


 当のアミュレは触れたときは何事かと目を瞬かせていたが、やがてなにか観念したような表情となり、あとはただ黙って撫でさせてくれた。心なしが顔が赤いように見えるが、俯いてしまって機微が読み取れない。でもさっきまでの諦念した様子からは随分と雰囲気が変わったのだけはわかった。『許す』とまでは言えないが、黙認で済ませる程度には、いまので納得してくれたのかもしれない。



  ◇



 午後からは早速、古代図書館へと足を踏み入れた。俺たちがいまだ攻略しきれていない深層第一階層。黄金の箒ではいままで得た情報を鏡花と共有し、平時の陣形や各敵への対処方法や本当に危険が迫ったときの行動計画を決めた。その結果、編成が大きく変わり前衛は俺と鏡花、後衛はリズレッドとアミュレとなった。前衛にリズレッドがいく安心感は捨てがたかったが、それよりも回復と探索の要であるアミュレを至近で守ることを重視したのだ。鏡花の強さなら第一階層の敵に遅れは取らないだろうし、俺とふたりで組めばまず危険はないだろう。


「なるほど……こういう仕組みでしたのね」


 迷宮の深部へと足を踏み入れるとき、鏡花は興味深げにそう言った。

 壁に設置されたランプを奥に押し込むと、長年放置されて渋くなった仕組みがギギ、と音を立てて石壁に沈み、手にギミックが正しく作動する感触が伝わる。


「ああ、びっくりだろ? 俺たちがアラクネと戦った部屋が、深部への入り口だったんだ。ランプにちょっとした細工がしてあって、手順通りに押し込めば隠し扉が開くって感じさ。ドルイド族も結構遊び心のある種族だったんだな」


 蛮族と手を組んでいまの規範あるウィスフェンドを造ったと聞いて、相対的に融通が効かなくて近寄りがたい印象を想像していたのだが、こうしたギミックを仕込むあたり実はユーモアのある奴らだったんじゃないかと俺は勝手に想像している。


 鏡花も同じ気持ちだったようで、繁々と押し込んだランプの順を記憶するように目を配っていた。


「別にそんな気を使って覚えなくても、俺たちの誰かが毎回作動させるから気にするなよ。あとこれ、帰ってくるときも同じ仕組みがあるから、一度に覚えようとしたら大変だぞ」

「あら侵害ですわね。記憶力には自信がありましてよ? 昔から父に、人は二十歳までに覚えた知識は絶対忘れないからと、何冊も本の内容を覚えさせられましたから」

「……うわぁ」


 幼少期にトラウマを受け付けただけでなく、教育方針までそれとは恐れ入る。

 曲がりなりにも鏡花が人と接せれているいまが、実は奇跡に近いのかもしれないと改めて思った。


 奇跡……といえば。


「そういえばお前、昨日俺が北の収監地区に行く前になにかあったのか? 少し様子が変だったけど」

「あら、やっと気づかれまして? あなたが来るのをずっと待っていたのに、中々こないから少し腹を立てておりましたの。全く、日が暮れるまで女子をひとりにするなんて、気の回らない方ですわ」

「うっ……それは、悪かった。いやでも、南からあそこまで歩くなんて相当だぞ!? 普通中央区くらいで引き返すだろ!」

「私、問題を抱えたら答えを出すまで他に手をつけれなくなりますの。そのほうが結局は解決が早いですから」

「そんなもんかなぁ。俺だったらとりあえず困ったら一旦手を止めるけどな。いまの自分で解けないから、問題っていうんだし」

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