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 そんな俺の言葉が心底意外だったのか、リズレッドは虚を突かれたような面持ちでこちらを見ていた。だけど俺としても何故その様な結論になるのかわからず、お互いに頭の上に疑問符を浮かべたような状況となる。


「いや、だが……私が君になにかを教える力量など、もうないと思うのだが」

「え、そんなことはないだろ?」

「……ラビ、君は自分が成し遂げた偉業を少しも理解していないようだ。たとえ私や他の者の力添えがあったとしても、アモンデルトやメフィアスを討伐したのは紛れもなく君なんだ。この世界において六典原罪の存在は、神や魔王に次いで重い。人がまだ書物を記す技術を用していなかった時代からそこに在る、正真正銘の古の化物たちだ。――君はそれを討ったんだ、しかも二体も。間違いなく歴史書には君の名前が載るし、旅の詩人がラビ・ホワイトの英雄譚を纏めた歌を各地に広めるだろう。君はもう、そういう存在なんだ」


 大真面目な顔でそう説くリズレッド。

 それに対して俺は、心の底から出た疑問を率直に口にした。


「でも俺とリズレッドが戦ったら、確実にリズレッドが勝つだろ?」

「…………え?」

「だって俺のレベルはやっと昨日の戦いで30を超えたばかりなんだし、修得してるスキルの多さや熟練度も全部リズレッドが上だ。何度戦ったって、勝つのはリズレッドだよ」

「だが君はメフィアスに勝っただろう。それはつまり私の剣を超えたということで――」

「――ああ、違うよ、それは」


 そこまで話を続けて、ようやく俺は彼女がなにを言わんとしているのかわかった。

 俺は自分の手を持ち上げて目の前に持ってきた。しっかりと巻き付けられた真っ白な包帯を眺めつつ、釈明を彼女に告げる。


「――あれは、反則みたいなものなんだ」

「反則?」

「きっとリズレッドは、俺がメフィアスと対等に戦ってる光景を見てそう思ったんだろうけど、それは誤解だ。あれは反則みたいなスキルなんだ。上手く説明できないけど、なんというか……リズレッドたちが今まで培ってきたスキルとは全く別種の――なにか権能じみたものを感じた」


 自分でもどう説明すれば良いかわからず、しどろもどろになって伝える。だがトリガーが反則技のようなスキルだというのは、紛れもなく事実だった。そもそも痛みを感じることができるようになるスキルだなんて、もともと痛覚が備わっているこの世界の住人には不要とも言える技だ。それを考えるに、このスキルはおそらくネイティブのために用意されたものではない。俺たちプレイヤーのために新たに作られたスキルのような気がしてならないのだ。――ならばその副次効果で全ての能力が引き上げられる現象は、彼女たちにとって反則のようなものだろう。短距離走の選手がどうすれば〇.一秒世界を縮められるかを切磋琢磨している横で、エンジンを積んだバイクに跨って走り抜けるようなものだ。そんなものは反則以外の何物でもなく、当然一着をとったからといって表彰台に上がるほど無恥ではない。……それに、


「――それに、あれは俺ひとりじゃ成り立たないスキルだ」

「?」


 いよいよ眉根を寄せて考え込んでしまうリズレッド。俺はそれに答えるために話を続けた。


「俺がメフィアスを倒したスキルの名前は『トリガー』というんだ。効果は知っての通り、常軌を逸するほどの各能力値と所有しているスキル性能の向上。あの状態で放った全ての武技は威力もそれに付随する特殊効果も、おそらく三倍から四倍近くの性能に跳ね上がってると思う」

「それは……凄いな。確かに君が反則と言いたくなる気持ちもわからなくはないが……だが……」


 それでもそれが自身に備わったスキルならば、なにも恥じることなく自力と認めて良いだろう。

 きっと彼女はそう言いたかったのだろう。だが俺はそう語ろうとするリズレッドの口よりも早く、自分の口を動かした。


「だけどその代わり――いや、こっちがもしかしたら本来のスキルの本領なのかもしれないけど――トリガーを使用中は、召喚者の受けたダメージは本物の痛みとして伝わるようになる」

「…………」


 息をのむ気配が伝わってくる。俺が本物の激痛に耐えながらも昨夜彼女と邂逅を果たしたのは、きっと向こうも知っているだろう。だからこそ俺の血を見て

彼女は「やっと会えた」と涙を流してくれたのだ。

 だが本人の口からはっきりと明言されるというのは、例え事前に真実に辿り潰えていたとしても、なおも強い衝撃を与えるものだ。

 

 ――だが俺は、その先にあるもっと重要なことを口にしなければならなかった。


「それで……さっきの、ひとりじゃ成り立たないスキルって意味なんだが……どうも俺は、トリガーを完全に扱いきれてはいないらしい」

「……というと?」

「あれを使うと、全ての能力や武技と一緒に、感情まで増幅されるみたいなんだ。それも普段押しとどめている――人の、暗い部分を」

「…………」

「メフィアスと戦ったときはアミュレが必死になって俺の自我に呼びかけてくれたから、なんとかそれに支配されずに済んだ。……だけど結局は、メフィアスに『狂化』の魔法をかけられて、そのあとは……」

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