61
アミュレを除いた二人が再びメイドの先導を受けて進み、やがて昨日と同じ来賓の間に着いた。両脇に立つ兵士が、うやうやしく扉を開けて彼女たちをなかへ招き入れる。
なかへ入ると、後ろで扉が厳かに閉じられる音が響いた。それまでの騒動が嘘のように静まりかえり、静寂を訪れた。痛みにい呻く人の声や、救護に当たる癒術班の切迫した声が分断され、それが逆に緊張感を高める。
しんと静まった部屋にはフランキスカ一人がいた。いつも傍にいたバッハルードの姿はなく、広い客室のなかで領主である彼だけが、ぽつねんと背を向けて、大窓から外を見つめている。
「来たか」
そう低く呟きながら振り返る。おそらく一晩中走り回っていたのだろう、精悍な顔つきはやや疲れの色を見せている。
彼は手振りで彼女たちをソファへ促した。
リズレッドはそれに従い絨毯を踏み進み、昨日と同じように座った。
フランキスカはそのまま立ち尽くしたまま。腕を後ろに組んで思案げな面持ちを浮かべている。
やや間を置いて、彼は一つ溜め息をつくと、
「クーデターの主犯は、やはり政権奪還を計る、賢人選民派の仕業だった」
リズレッドはそれを告げる彼の心中を察して目を伏せた。
そのとき、パチンという小気味好い音が鳴った。フランキスカが己の親指を打ったのだ。
それを待っていたようにリズレッドの背後にある入り口の扉が開くと、乱雑な雰囲気とともに、三人の男が入室した。
彼らは重たい荷物でも引っ張るように真ん中の男を引っ張りながら、リズレッドたちの座るソファの前までやってきた。横一列に並んだ三人は、両脇の二人はウィスフェンドの兵であることが一目でわかった。そしてその二人に取り押さえられるように入室した男を見て、リズレッドは、あっと声を出した。
取り押さえられるように両腕を掴まれた小太りの男が、彼女を睨んだ。
往生際悪く足をもたつかせ、ひきずるようにソファの前に連れてこられたその男は、昨日あの中央十字路で見かけた、怪しげな動きをしていた本人に間違いなかった。
「嬢ちゃんが言っていたのは、この男で間違いないか?」
「……ああ」
「やっぱりか……あのあと騒動の鎮圧に走ってたとき、こいつを見つけてな。一見ただの住人のように紛れ込んでいたが、昨日の話を聞いたあとでは、確かに周りの危機感や敵意を上手く焚き付けてるのが良くわかった。見た目も酷似していたから事情を聞こうと近寄った途端逃げ出したんで、こうして連行して、色々と問いただしてたってわけだ。選民派が主犯だというのも、こいつから聞き出した情報だ」
拘束された男は苛々しげにフランキスカとリズレッドを交互に睨みつけながら、言葉を吐き出した。
「くそ……! お前さえいなければ、ぼぼぼ、僕はずっと上級の良い暮らしができたんだぞ! お前が僕の人生を壊したんだ! 返せ! 僕から奪ったものを、全部返せ! それにエルフの女! 冒険者のくせにこの街の事情にずけずけと踏み込んできて! これは僕らウィスフェンドの正当後継者と、ここにいる卑しい恥知らずの蛮族との問題だ! エ、エルフはエルフらしく、自分のお国にでもひきこもっていれば良かったんだ! ……ああ、すまない。そういえばお前の国は、とっくに魔物に滅ぼされたんだったな? 自分たちの不甲斐なさのせいで故郷が滅ぼされて、その憂さ晴らしに他人の政治に干渉か? 全く、何様のつもりだ!」
ぐっ、というリズレッドが喉を鳴らした。フランキスカはがなり立てる男の頭に、その大きな手を撫で付けるように乗せた。
「こいつは俺が雇った優秀なアドバイサーだ。少なくとも、貧富の差を拡大させるて喜んでいたお前の父君よりは、よほど良い政治指南をしてくれそうだよ。もっとも、この嬢ちゃんにその気はないだろうがね」
「くそ……くそ……っ!」
「だが軟禁とはいえ、迷宮の奥に閉じ込めておいたグラヒエロと、なぜ連絡が取れた? あそこは何百年も続く増築改築の連続で、地図がなければ二度と出てこれないほどの入り組んだ場所だ。当然、その地図は厳重に管理されている」
「ち、地図を管理している人間のなかに、選民派がいないとでも?」
「なに?」
「くくく……やはり蛮族は馬鹿だな。勇ましい英雄譚で、すっかり頭が、のの、のぼせてる」
「まさか、俺たちの周りにもグラヒエロに通じる奴がいたというのか」
「やっと気づいたのか?」
「……」
「それだけ、この街には昔を懐かしむ奴が多いということだ。革命家フランキスカ・レンゼンオーグ。お前は自分のことをウィスフェンドを平定させた立役者だと思っているだろうが、それは間違いだ。この街は昔の、賢人が上で蛮族が下という暗黙の階級制度が敷かれていたころが、一番平和だったのさ。そ、その証拠に見ろ。平等が正義だと気づいたのなら、街の住人は召喚者とあそこまで対立などし、しない。 だが奴らは、僕の口車に簡単に乗った。それは何故だかわかるか? あいつらは、賢人と蛮族の平等化なんてどうでもいいんだ。実のところの本心は、差別はあって当たり前だし、むしろそうあって欲しい。そして自分は、今度は絶対に差別をする側に回りたい。――それがあいつらの心の内だ。だから攻めやすい召喚者がこの街に訪れたとき、あいつらは内心喜んでいたのさ。これで自分たちより下の存在ができるってな。だから、ぼぼ、僕のような没落貴族の言葉にも簡単に乗せられたし、誘導もされたってわけだ」
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