02
そう言って、また深々と頭を下げるお姉さん。
ポッドの扉が閉まると、真っ暗になった筐体内のなかで、一瞬景色がぶれた。かと思うと、不思議なことが起きた。確かに今まで寝そべっていたはずなのに、立っている感覚に襲われたのだ。足裏に確かに接地感が伝わり、頭の重さで前屈みになり、もう少しで転びそうになった。
「わっ! とと……なんだこれ、目眩でも起こしたのか?」
……いや、違う。信じられないが、信じるしかない。俺は頭に取り付けたデバイスを経由して、仮想世界へと入ったのだ。
怖ろしいほどのリアルさだった。人間が始めて体験する感覚であり、わかっていたことなのに、脳が目眩だと錯覚したのだ。
俺はおそるおそる一歩を踏み出した。その瞬間、声が聞こえた。
『あなたはこの世界で最初の一歩目を踏み出しました。歓迎します偉大な召喚者よ。さあ、目の前の扉を開いて』
言われるがまま手を伸ばすと、重たい木造りの扉の感覚が伝わった。そのまま重心を乗せて前へ押し込むと、扉はまばゆい光を漏らしながら、左右に開いた。
真っ白な空間で俺を待っていたのは、女神のような衣装を纏った、綺麗な青髪の女性だ。
『はじめまして、私の名は女神アスタリア。アーク・ライブ・アブソリューションの世界における女神をしております』
「うわ……綺麗な人だな……」
『まぁ、冗談がお上手ですね』
女神様は顔を少し赤くして、笑い返してきた。
「っ!? え、俺の言葉に……反応した!!?」
「? 何をおっしゃっているのです? この世界にいらした方を最初にもてなすのが私の役目です。それともなにか、お気に触ることを言ってしまいましたか?」
女神様がしゅんとしてしまった。その様子は、本物の女性を相手にしているようにしか思えない
「いえいえいえ! そんなことないです! 始めてこの世界に来たもので、ちょっと緊張しちゃって!」
「そうでしたか。でも大丈夫です、これからこの世界で生き抜くための術をあなたに教えます。そうすれば屈強な戦士にも、凶悪な魔物には、決して負けはしないでしょう」
「全員死に戻りしてるって聞きましたが」
「? なにか?」
「いえ! なんでもないでーす!」
「ふふ、面白い方ですね。……それではまず、あなたの名前を教えてください」
女神様はその後、お決まりの名前入力とキャラメイク、そして少量のパラメータ振り分けをさせてくれた。
名前はラビ・ホワイトにした。ぶっちゃけ本名の”稲葉”から”因幡の白兎”と連想し、そこからもじったものだ。
「職業はここでは選べないんですか?」
「はい、初めはみなさん全て”召喚者”という零級職になっております」
「零級職?」
「初めに就いている職業が零級職、次に初級職、上級職と三段階に分かれております」
「へぇ、どうやったら零級職から初級職になれるんですか? レベルを上げてどこかで儀式を受けるとか?」
「この世界には正式に職業を設定するような施設はありません。全てはあなた方の行動から神が判断し、それに相応しい職業を神託します」
「へぇ……つまり勇壮な振る舞いをすれば聖騎士(パラディン)になるとか、暗躍すれば隠密士(アサシン)になるとか、そういうことですか?」
「はい、ちなみにその二つは上級職にカテゴリーされているので、最初に就く事は難しいですね」
「なるほど……」
攻撃魔法を使いこなす魔導師に就きたかったんだけど、この世界の神様に、魔導師を神託されるにはどうすれば良いのだろうか?
考えても仕方ないので、初期設定を進めることにした。多分図書館で本を読むとか、そういう発生条件だろう、きっと。
「パラメータは……STR(力)、VIT(体力)、DEX(技巧)、INT(知識量)、MND(精神力)、LUK(運)か……。魔導師だったらINTとMNDの二つが重要だと思うんですけど、この二つの違いって何なんですか?」
「魔法をストックできる数は知識量、つまりINTに依存します。そして放った魔法攻撃のダメージは、MNDの数値に依存します」
「なるほど……沢山魔法を覚えても、ストックできる量には限りがあるってことですね。ストックから外れた魔法は、二度と使えないんですか?」
「いいえ、スクロールに記録されますので、街に戻れば再設定できますよ」
少し考えた。INTを上げればあらゆる局面で融通の効く魔法を多数持ち運べて、MNDを上げれば火力を上げることができる。
INT型はパーティを組んでサポートに徹する魔導師にうってつけで、MND型はソロ魔導師におすすめといったところだろう。
……ソロでモンスターの群れを爆炎のもと灰塵に還す魔導師とかかっこいいんじゃね?
俺はMNDに女神様からもらったボーナスポイントを全て注ぎ込んだ。
「それではこれで準備が整いました。これよりあなたを下界へ転送しますが、なにかご質問ありますか?」
きた。実は女神様の説明を聞いているとき、ひとつの疑問点が浮かんでいたのだ。
「あのー……出発国は選べないんですか?」
そう、事前のゲーム雑誌の情報では、人の国バルガス、ドワーフの国サンクエリ、エルフの国エルダーの三拠点から、自由に出発地点を選べるはずなのだ。
俺の質問に、女神様は顔を暗くした。
「すみません……実は三日ほど前から、魔王軍の進撃がありまして……お選びいただこうと思っていた三国は、その……陥落してしまいました」
「…………は?」
「本日、異世界から大量の召喚者が召喚されるという噂が魔王側に漏れて、ならばその前に襲ってしまおうという結論になったようで……」
「ええ……じ、じゃあ俺は、どこに転送される予定なんですか?」
「ご安心ください。三国ほど大きくはありませんが、この世界で次に大きい商業都市シューノにお送りします。始めての召喚者を、魔王軍が進撃する渦中に送り出すようなことはいたしません」
「女神様……」
俺は彼女の気遣いに少しだけ心を打たれた。AIが搭載されていない、単なるシステムとしての女神だったら、きっと陥落して廃墟と化した国に、問答無用で転送されていただろう。だが彼女はこの世界を救う召喚者の卵である俺たちのことを考え、きちんと次案を練ってくれたのだ。
「女神様、俺、必ず魔王を倒します!」
そう言って握りこぶしを作る俺に、女神様は深々と頭を下げてくれた。
「ありがとうございます。このようなご助力しかできずに申し訳ありません。あなたの旅の幸運を、心から願っております。頑張ってください、ラビ・ホワイト様」
そう告げると女神様は俺の足元に魔法陣を展開し、詠唱を始めた。
人間のように温かみのある神様だった。世界を滅茶苦茶に荒しまわる魔王軍を、必ず倒すと誓い、光円が放つまばゆい光の中で、笑って彼女に手を降った。
「ラビ様……どうか、この世界をお救いください……」
女神アスタリアは誰もいなくなった会合の間で、小さくそう呟いた。
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