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 実際、真横で見る彼女の剣戟の鋭さは常軌を逸している。

 昨日俺が攻撃を避けれたのは、距離を取って十分に回避が間に合うマージンを保っていたからだ。『百花繚乱』のように来るとわかっている攻撃ならまだしも、あんないつ抜かれるかわからない即殺の剣なんて、どう対処すれば良いのか。この地面に転がっているグールも、おそらく自分が殺されたことにも気づかなかったのではないだろうか。何十年、何百年も彷徨い歩いた最後がこれとは、敵ながら同情すれば良いのか、成仏できたことに喜んでやれば良いのか。


 後衛にいたリズレッドが周囲に敵の気配がないことを確認しつつ、持ち場を離れてグールの遺体へと近く。


「ふむ……身につけている装飾品から推測して……およそ三千年前のもの、か」


 指に嵌まったリングを繁々と観察しつつ、彼女は顎に手をやりながら亡骸の身元を考察する。

 アンデッドは真っ二つにされても絶命をまぬがられている可能性もあるので、普段の彼女ならここまで不用意に身辺調査をしないらしい。だが召喚者が経験値の取得可否で生命活動を判断できるので、こうして即座に調査が行えるというわけだ。


「三千年前って……じゃあそんな昔から、この街はあったのか」

「あるいはその頃にウィスフェンドが建設されたかだ。長い歴史と動乱のなかで、賢人と蛮族がともに手を取って造ったという以外の情報は残っていないらしいからな。これもまた、貴重な発見と言えるだろう」

「にしても、こんな迷宮の入り口でいきなりこんな発見をいまさらするなんて……マミーも同じように調査したけど、あいつは特になにもなかったんだろ?」

「私たちではマミーからなにも推測できなかった、という言い方のほうが正しいな。長期保存が効くように加工されているから、グールよりも分析が難しいんだ。しかも魔物は絶命すれば空気に霧散してしまうから、本腰を入れて調べたかったら生け捕りにして街まで持っていくしかない」

「……そんな余裕は俺たちにはない、か」

「そういうことだ。それに、調べたとてマミーからは特になにかがわかることもないだろう。元々あいつは迷宮によく配置される魔物なんだ。栄養補給も必要なく、運用期間も長いということで好んで配置されるやつだからな。材料になるのも人型のモンスターだったりで、苦労して調査しても得るものが少ない」

「元々が人か魔物か。同じアンデッドでもグールとマミーで全然違うってわけか」


 だとしたら、俺たちがいま倒したグールは相当なレアモンスターということになる。リズレッドが調べただけでも指輪から三千年前の人間だったことがわかったのが。調査団に……アステリオスに引き渡せば、それこそもっと多くの情報がわかるかもしれない。――が、そこで、


「……あ」


 絶命したグールが光の粒子となり古代図書館の虚空へと消えた。

 残ったのは例の指輪だけで、俺はそれを戦利品として腰のバッグに格納する。


「絶命した魔物が神のもとへ還るのにかかる時間はおよそ一分。調査団に引き渡すのは難しいな。まあ、その指輪を届けるだけでも充分だろう」


 迷宮内での戦利品は魔物から入手したアイテムから拾ったアイテムまで、全てフランキスカが設営した古代図書館管理班で検閲を受ける。まあ、目を盗もうと思えばいくらでもしようはあるし、フランキスカも俺たちに監視役をつけていないから、それほど大事に思ってもいないようだけど。

 それでもウィスフェンドが今後召喚者にとって過ごしやすい拠点になるためには、不正はなるべく避けたい。ロックイーターというクリスタルを破壊する魔物がネットで広く知れ渡り、俺たちの監獄騒動が認知されてからというもの、召喚者たちの振る舞いは大きく変わった。高額なプレイ料金を払ってこつこつ育てたもう一人の自分が、ログアウト中にクリスタルが破壊されれば、もう二度と戻らなくなるのだ。必然、野外に設置されているクリスタルに祈りを捧げる召喚者は激減した。拠点とするクリスタルは必ず街のなかや安全が確保された場所にものに限定される。外のクリスタルに祈るのは、止むを得ない事情があるときだけだ。


 そうなると今度は、クリスタルを管理している街の権力者の力が強くなる。死んでも復活する召喚者の手綱を、うまく握ることができるのだ。とはいえ召喚者は魔王軍と戦うための大事な戦力というのは世界中の共通認識らしく、度の過ぎる行動をしなければ基本的にはいままで通り使用させてもらえる。祈りを捧げたときに、近くにいる交易管に拠点設置の届出をしないといけないのは若干面倒だけど……。


 とにかく、この世界はいまそうやってネイティブと召喚者のパワーバランスが上手く取られている状態だ。だから俺の迷宮調査の不備で今後ウィスフェンドのクリスタルが使えなくなるなんてことがあれば、他の召喚者からどんな仕打ちを受けるかわからない。この指輪は帰還次第、きちんと管理班に渡そうと心に誓う。


 俺たちはその後、アミュレの記してくれた地図を片手に現状進んでいる最深部へと歩を進めた。深層へと続く長い下り坂を越えれば、そのあとは大小様々な部屋に区分けされた区画と、それらを繋ぐための細い通路からなる入り組んだ迷宮の姿があらわになる。この前迷宮の構造組み替えが発生してあわや遭難となったのも、この通路での出来事だ。

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