33
最後のランプを押し込みながらそう告げた。
昨日、俺が彼女と再開したとき、彼女はどこか呆けたような顔をしていた気がしたのだ。決闘で負かされたとき以上に、心ここにあらずといった様子だった……それこそ、いつも気が強い彼女からは想像もできないほど、奇跡的なものを見たという感じの。
まあだけど、それも俺の気のせいだったようだ。単に出迎えが遅くなって怒っていただけとは、そこら辺はやっぱり大企業のご令嬢なのかもな。
壁のなかに設置された仕掛けが、全ての条件を満たされて歯車を回し始めるのがわかった。くぐもった音とかすかな地鳴りを上げて、その動力が部屋の最奥にある壁へと伝わる。四人の目線がそこに集中すると、まるで壁は待っていたかのようにゆっくりと下へスライドを始めた。石と石のこすれあう音が地下に反響し、やがて古代図書館深層へと続く道が、悪魔の口かのように現れた。光源がないと手が届く範囲ですら視認できない闇に満たされており、何度見ても薄ら寒いものを感じずにはいられない。……というか、隠し扉がある壁にご丁寧に角付きモンスターのモニュメントを飾ってるあたり、やっぱり狙ってるよなあ、古代ドルイド族。
暗闇の一本道を所持してきた手持ちのランプで足元を確保しながら進む。この通路はしばらく一本道で、ゆるやかな下り坂となっている。これを越えればいよいよ深層第一階層で、そこからは遺跡の各所に設置された結晶が光源となり、視界を確保してくれる。
「そういえばお前、ちゃんとフィリオと仲直りしたのかよ」
「なんですの、いきなり」
「あいつお前のこと本気で心配してたぞ。まだ子供に、あんな顔させるなよ」
「……心配しなくても、私だってそこまで大人気ないわけではありませんわ。ほら」
そう言って、彼女はひとつのペンダントをカバンから取り出した。
「それは?」
「フィリオの家に伝わる、跡取りを証明する大事な品らしいですわ。――『かならず帰ってきて、僕にそれを毎回返してくれ』だそうです。全く、こんなものを受け取ったところで、私がかならず彼の元に帰るというものでもないでしょうに」
「でも受け取ったんだな」
「……大人が子供を心配させるものではありませんわ」
「……」
そこまで話して、俺は彼女がフィリオと正しく向き合い始めたのだと確信できた。
昨日まではどこか物を語るような、それこそNPCのようにぶっきらぼうに話を振る程度だったフィリオに対して、鏡花はいま間違いなく『子供』と呼んだ。プログラムにではなく、生きたひとりの人間へ語るように。
「鏡――」
そこで、ふたつの声に阻まれる。
「ラビさんっ!」
「――話は、ここまでですわ」
下りの廊下を抜ける直前、いままで泰然と歩みを続けていた彼女の足が止まった。後ろにいるアミュレも警告を発し、パーティ全体の雰囲気が一変する。
古代図書館深層一階層目へ繋がる出口。その視覚から魔物が姿を表す。
『ゲェ……エ……エ、エ…………』
腐ったゾンビのような風貌の、あれは。
「グール? どうしてこんな場所に」
「なにか知ってるのかリズレッド?」
「ああ……グールは依り代となる死体がなくては発生しない。しかも瘴気の濃い場所でしか生まれない魔物だ。何年も人の出入りがなかったここに、なぜ……?」
口に手をやって思案するリズレッド。だがグールはこちらの動向などおかまいなしに、片足をひきずるようにのたくった足取りで距離を詰めてくる。
そのとき、鏡花が動いた。
最小の動きで腰に差した刀に手を添えると、念の為、という風にこちらをちらりと一瞥して、
「リーダー? あれは斬って良いのかしら?」
そう告げた。
発生経路を断定する前に、という意味なのか、それとも先ほど交わした約束に対する皮肉なのか。
だけどいずれにせよ、敵意をもって接近してくる相手に対して悠長に仮説を立てる時間はなく、後者にいたっては人ですらない。俺も装備した杖を手にしながら首肯して応える。
「ああ。けど鏡花はここでの戦いは初めてだから、まずは俺が――」
言い終わる前に、横にいた鏡花からわずかな風が起こった。次に俺が目視したのは、抜ききった刀身でグールを水平に分断した状態で構える、ひとりの剣士の姿。
抜刀からそのまま攻撃へと移行する所作と、その動作そのもののあまりにもスムーズで無駄のない動きで、まるでコマ撮りのフィルムでも観ているかのような錯覚を覚える。
「早――っ」
「別に。システムに身を委ねただけの、他愛もない児戯ですわ」
どさり、と足から離れた上半身がしたたかに石床に打ち付けられる音とともに、グールはそのまま沈黙。どうやらアンデッド系とはいえ不死身というわけではなく、聖系魔法でしか倒せないということもないらしい。
「経験値が入りましたわ。この程度の敵が相手なら、この仕事もずいぶん楽なのですが」
「いや、それは単に鏡花が強いだけだと思うぞ」
「私に完勝した相手にそう言われも、皮肉にしか聞こえませんわね」
「いや、普通に賞賛なんだけどなあ」
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