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「それで、ラビさんはいま、どちらにいるんですか? ひょっとして隣の部屋にもう?」


 期待で瞳を輝かせるアミュレ。だがそれに対して、落ち着かせるようにゆっくりとかぶりを振って答えた。


「いや、残念だがここにはない。……というより、まだどこにいるかわからないんだ」

「……どういうことですか?」


 椅子に座り、テーブルの向こうこちらに視線を向けるアミュレに、リズレッドはマナとの出会いから話し始めた。


「先ほど、私が外の喧騒を聞いて様子を見に言ったとき、一人の召喚者に会ったんだ。その者は向こうの世界でラビと知り合いなのだと言っていた。この街に訪れたのは、今晩が初めてだそうだ」

「ラビさんのお知り合いですか。向こう側の世界がどういう場所なのかわかりませんが、召喚者同士で連絡が取れるんですね」

「ああ。ラビが言うには、こちらの世界と差して変わらないらしい。だがあちらの世界では、自分が召還者であるということは極力隠すのだと言っていたな」

「それは何故でしょう?」

「おそらく、召還者になれる人間というのは特別な存在なのだろう。……私も詳しくは知らないんだ。私にとって、ラビこそが唯一無二のパートナーだと思っていたから、向こう側のことは訊く気になれなくてな」


 その返答に対して、アミュレは黙って首を振った。

 自らの生い立ちを明かすのは、親しい人であればあるほどはばかられる場合があるのを、彼女は知っていた。


 自分の人生もあるというのに、この世界に召還されることを受け入れてくれ、しかもネイティブ生存のために戦ってくれる彼らに、これ以上なにかを要求するのは不躾だと思えた。女神アスタリアは召還者はこの世界に遊戯性を求めていると語ったが、それもおそらく、言葉以上の意味が含まれているのだろうというのが、彼女たちネイティブの共通認識だった。


 アミュレは話題を戻すため、彼女が会ったという召還者について訊いた。


「それで、その方はいまどちらに?」


 問いかけに対し、リズレッドは指を差してそれに答えた。人差し指をぴんと立てて示すのは、空室となっていたあの青年の部屋だった。

 アミュレが目を丸くして口に手をやると、肯定の意味を込めてリズレッドが頷いた。


 ラビが借りていた部屋は一週間前から空室となっており、いまこの『黄金の箒』に泊まっているのは、彼女とアミュレ、そして行商のネイティブや数人の召喚者だった。もっとも、それは先ほどまでの話で、ラビが借りていた部屋は、今さっき埋まったというわけだ。


 先ほど別れたマナと名乗る女が手を振り、彼が泊まっていた部屋に入っていく姿を思い出すと、リズレッドは自分の心が少しだけささくれ立つのを感じた。

 マナとラビは、向こうの世界で気軽に会うような間柄なのだろうか。というよりも、彼とは一体どのような関係なのだろうか。


 次々と焦燥に似た疑問が湧きあがり、思わず自分自身に嘲笑しそうになった。騎士団にいた頃は誰かをここまで気に止めることなどなく、そうなるとも思っていなかった。だと言うのに今の自分は、少ない情報の中から彼の影を探すような真似をしている。弱くなったものだ。そんな自嘲の思いだったが、不思議と悪い気持ちはしなかった。


「部屋がそこしか空いてなかったものでな。彼女はいま、食事を摂りに出ている」

「そうでしたか……事情はわかりました。でも二つ疑問があります。一つは、なぜ伝言だけでなく、直接ここまで足を運んだか、ということです」


 それに対しては、無論リズレッドも帰路を共にする前に問いただしていた。


「どうも直接、私たち二人と話がしたいらしい。伝言に関連する話でもあるし、個人的な興味とも言っていた。後者の理由だけならまだしも、前者を盾にされては断るわけにもいかなくてな。だが心配するな。なにか危害を加えようとしてきたときは、私が君を守る」

「ありがとうございます。……私たちに興味ですか。なんだか話を聞くだけだけだと、よくわからない方ですね。掴みどころがないというか」

「実際に会っている私も同意見だよ。召還者は育った環境が違いすぎるため、私たちの常識から大きく逸脱した行動を取る者たちがいるが、彼女からはそれとはまた違った何かを感じる。油断はしないほうが良いだろう」

「……わかりました。それで、もう一つの疑問なんですが……」


 アミュレはテーブルの上に用意していたお茶に口をつけ、喉を潤してから言葉を続けた。


「ラビさんが私たちの前から姿を消してから、もう一週間が経っています。召還者を通した連絡手段があるのなら、なぜすぐにくれなかったのでしょうか?」

「……それは……彼女が召喚者だから、だろうな」


 机に視線を落としながら、苦虫を噛み潰すような様相で呟いた。


 アミュレをその様子に思わず息をのみ、それ以上言及することができなくなった。なにか途方もない闇をうっかり掘り起こしてしまうような気がして、本能が制止をかけたのだ。


 召還者とバディを組んでいない少女は知らなかった。召喚者と、召喚者のバディになったネイティブが城塞都市に入るには、厳しい規制が課せられることを。そしてそれを解くために必要な通行証を手に入れるには、どれほどの苦行を強いられるのかを。


 リズレッドは目をつむり、平常心を呼び戻すと再び会話を続けた。

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