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「……すまない。少し取り乱した。まあ、そういうわけで彼女は疲労で休憩中というわけだ。三十分後に、この部屋で落ち合う話となっている」
「な、なるほど」
呆気に取られる彼女に対して、リズレッドは懐から一枚の紙を取り出した。マナをここへ呼ぶことを決心させた、あの紙片だ。信用の置けない彼女の口から、どれだけ彼の名前が出ようと、それだけで人を信じるほど彼女は甘くない。エルフならば尚更である。
「これは、マナから渡されたラビの伝言だ。アミュレにも読んで欲しい」
その言葉に、本日二度目の驚きが少女にきた。緩んでいた空気が消え去り、いよいよ彼がいま、どの様な状況になっているのか、その全容が明らかになろうとしていた。アミュレは気持ちを引き締めると、椅子に座ったまま姿勢を正した。
リズレッドがおもむろにテーブルの上に置いた二つ折りの紙を開いた。それは手紙を書く際に使用する、ごくありふれた便箋だった。少女は身を乗り出し、凝視した。
おそらくマナと呼ばれる召還者が代筆したものなのだろうそれは、拾い読みしてもわかるほど、文章から彼の面影が浮かんでいた。他人に滅多に心を許さない彼女が、なぜ素性のわからない召還者をここまで連れてきたのかに合点した。そして手紙は確かに彼からのメッセージに違いなかったが、それとは裏腹に、女性特有の滑らかな文字で書かれており、妙な気持ちになった。さらにもう一つ目に付くのが、不自然に折りたたまれた手紙の末端だった。まるで何かを隠す様に折りたたまれたそこにアミュレは首をかしげたが、ひとまずその気持ちを横に置き、開示された文章を読むために、文頭から目を滑らせた。
『リズレッド、アミュレ、心配かけて悪い。俺はこっちの世界でちゃんと生きている。ひとまず、最初にそれだけは伝えておくよ。
早く二人に合流できるよう頑張ってるんだけど、いま置かれてる状況は、中々それを簡単には許してくれそうもない。俺はいま、場所も不明の牢獄のなかに閉じ込めれている。
監獄はアラクネという蜘蛛のモンスターが支配していて、ログインした途端にそいつの子供たちに食われて、なんの抵抗もできずに殺される。
俺は考えて、この手紙を渡してくれるだろうマナと協力して、外と内、両方からの突破作戦を立てた。
まずは内の作戦だけど、監獄には俺の他にも捕らえられた召喚者がいて、彼らとこっちの世界で連絡を取り合い、タイミングを計って一斉攻勢に出る予定だ。まあ、もっともまだ賛同者はゼロで、幸先不安なんだけどな。でも絶対になんとかしてみせる。
……それで外の作戦なんだけど、これはマナに任せてある。彼女と俺は、前に話したステータスって能力みたいなもので、お互いの位置を把握することができるんだ。だけど俺のほうからは監獄のマップ情報しか確認できず、いま、その力は使えない。だけどマナからなら俺の位置がわかるはずだ。でもそれにも条件があって、半径一キロメートルまで近づかないと反応しない。
俺は自分が死んだタイミングと、クリスタルを破壊された時間から考えて、監獄がリムルガンド荒野のどこかにあるんじゃないかと睨んでる。彼女には、ウィスフェンドにあるクリスタルで祈りを捧げて拠点を構えたら、荒野を隅々まで歩き回って錯綜してもらう予定だ。おそらくかなりの時間がかかるだろうけど、俺は諦めない。
また二人に会う。約束する。今度こそ必ずだ。だから待っていてくれ』
手紙はそこで終わっていた。
短くかいつまんだ文章だが、彼の言葉を久々に聞けたのと、自分たちに心配かけまいとする優しさが伝わり、アミュレは愛おしそうに手紙をそっと撫でた。そのとき、折りたたまれた紙片の端が指をつついた。例の不自然に折りたたまれた箇所だ。何の気なしにそれを開いた。
リズレッドが慌てて静止する声が響くが、遅かった。重ねられた紙が開かれ、部屋のランプに晒されると、そこにはこう書かれていた。
『注釈 これは全部、私がラビから聞いた話を暗記して書いただけだから、細かいニュアンスとか、込み入った話は全部省いてまーす。でも、そっちのほうがいいでしょ? そういうのは直接、愛しの本人から聞いたほうがいいもんねー? マナ』
「…………ぷっ」
笑うまいと努めたが、無理だった。感傷に浸っていたところへ不意打ちのようにカウンターを食らわされ、思わず吹き出す。
目の前のエルフを見ると、いままで見たことがないほど顔を真っ赤にして狼狽えており、それがますますおかしさに拍車をかけた。
「こ、これはだな……違うんだ、あの女、なにか勘違いをしているな……!?」
アミュレは悪戯心から、軽くからかいの言葉を放った。
「あれ、そうなんですか? じゃあ私がラビさんにアプローチをかけちゃっても、問題ないんでしょうか?」
「あう……」
いつもの怜悧さが嘘のように消え、肩を震わせながら声にならない声で抗議を示すリズレッド。次いで椅子を撥ね倒す勢いで立ち上がると、
「か、顔を洗ってくる! 雨で汚れてしまったからな!」
そう言って部屋から逃げるように出ていった
バタンと戸が閉まり、階下へ降りる足音が止むのを待って、彼女はついに笑い声を上げた。
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