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「――ヒールライト!」
そのとき、ひとつの声が鳴り響き、次いで視界に翠の光に包まれた。多少ならば触覚を感じることのできる体が、淡い暖かさを感じたかと思うと、ピピピ、という電子音と共にHPのバーが半分近くまで満たされる。
俺を含む三人――正確にはリズレッドは依然として無気を保っているので、俺とメフィアスの二人――は、声が聞こえた方向へ同時に首を向けた。そこにいたのは、やはりというべきか、白のローブを纏った僧侶の少女、アミュレだった。
「アミュレ――どうしてここに!」
「ラビさんの気配を察知したので、急いで向かってきたんです。でも、これは……」
アミュレは瞳を揺らして、明らかに大きく動揺しているようだった。
「これは、一体どういうことですかリズレッドさん!? どうしてあなたがラビさんを……!」
弾糾するよう叫び声を上げる栗毛の少女に、リズレッドは視線を動かすことなく無言という返答で応えた。
その代わり、とでも言うように、メフィアスがリズレッドの前に出て、感心したように告げる。
「――あらあら、ヒールライトなんていう芸当を使うから、どんな熟達した僧侶なのかと思ったら、こんな子供だったなんてね」
「……っ!?」
ぞわ、と周囲の空気が歪に揺れた。
メフィアスは明らかにアミュレに対して、不快な感情を抱いていた。
「あなたほど私の作戦をかき乱した人間はいないわ。あんな長距離の癒術なんて想定外。おかげでリズレッドを手に入れるまで時間がかかってしまったし、こうして召喚者を外に出してしまった」
ぞわ、ぞわ。
悪魔が空間を蝕むように、夜の暗さよりもなお深い、深淵の闇が広がる。
「あ……ぐ、ぅ…………」
アミュレは膝を大きく震わせて、その脅威に晒される。
この世界をひとりで旅していた彼女とて、このレベルの脅威に対峙した経験などもちろんないだろう。どんなに強く振る舞っていても、まだ年端のいかないアミュレが、六典原罪の敵意を真っ向から受けて発狂しないだけでも、賞賛されるべき勇気だった。
「アミュレ、逃げろ! ここは俺が食い止める!」
これ以上、俺のパーティから犠牲者を出すわけにはいかない。
彼女が回復してくれたおかげで、腹の傷は塞がり、ダメージエフェクトは消えている。立ち上がり、そしてアミュレの前に立った。
「だめよ。彼女はリズレッドに殺させてあげるって約束したんだもの。ねえリズレッド、あなたもあの少女を殺したいでしょう?」
「…………」
リズレッドの体が、このとき初めてびくりと震えた。
メフィアスはさらに語気を強めた。
「――殺したたいでしょう?」
「……ぁ……ぅ…………」
震える声が漏れた。
悪魔は苛立たしげな顔を作ったあと、平坦な声で告げた。
「――殺しなさい。命令よリズレッド」
それが皮切りとなり、リズレッドの体がアミュレに向かって猛突した。
自らの力で地を蹴るというより、まるで後ろから強大な力で弾かれたように。
「ふざ――けるなァッツ!」
直線運動で迫る彼女の剣を受けるのに速度は必要ない。俺はただ腕にかかる過大な負担を想定して、体全体に力を込めて白剣を受ける準備をした。縦に大きく振りかぶられ、雷撃の如き一撃が降り注ぐ。
――だが、予想に反して俺の体に、それを受け止めるための反動が加わることはなかった。
白剣が横へ構えた光刃のわずかの直上で、ぴたりと静止していた。
「リズ、レッド……?」
刃の向こうから向けられる視線を受けて、俺は無意識に彼女の名を呼んでいた。
「……………………ラ……ビ…………」
風の音でかき消えてしまうくらいの、か細い声が聞こえた。
さっきまでどこを見るでもなく、光を宿していなかったリズレッドの瞳に、ほんの僅かではあるが理性の灯火が映っていた。
「リズレッド! 意識が戻ったのか!?」
その消え入りそうな灯を焚きつけるように、精一杯の叫びで呼びかける。
気付けば彼女の白剣は、震え始めた腕によってかたかたと音を立てていた。リズレッドは呼びかけに対して、本当にごく僅かだが首を縦に振った。
強制的に交わされた悪魔との盟約に必死に戦うように、なんとか絞り出した言葉に、俺は愕然とした。
「……いまの、うちに……ころ、してくれ……」
それは懇願だった。いまにも仲間を殺してしまいそうになる自分を必死に押さえ、心から願うことは、己の命をここで終わらせてくれという悲痛な叫び。
「――――っ」
それがどれほどの絶望か。国の再興を胸に抱き旅した終着点が、滅ぼした魔物からの支配から逃れるための死だなんて。
そんなこと、あって言い訳がない。
「――リズレッド、なにか、なにか手があるはずだ!」
「じかんが、ないんだ……たのむ、ラビ……」
「……ッ」
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