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――昔、リズレッドがエルダーに貯蔵されていた本に目を通していたさいに見つけた一文だった。
これで戦況は変わった。五分五分とはいかずとも、最悪からは抜け出せた。
暗闇のなかに掴んだ細い糸くずのような勝利への糸口だとしても、それを束ねて勝利の鍵へと変えてみせる。
リズレッドは悪魔と対峙し、人類の圧倒的不利を理解しながらも、まだしっかりと地に足をつけて立っていた。
なぜなら心のなかには、あの召喚者の姿があったからだ。
ラビ・ホワイト。一年前に出会った異世界から召喚されし青年。剣の腕もレベルもまだ熟練した戦士には遠く及ばないが、たった一年の間に見違えるほどに成長し――そしてなにより、自分の支えとなってくれる彼がその胸に宿り、彼女に膝をつかせることを許さなかった。いや、彼女自身がそんな無様を晒すことを拒んでいた。
ふいに鋭い翠の光が、弾丸のように一直線にリズレッドへ向けて飛んできた。
メフィアスからの攻撃ではない。相手は前方で吹き飛んだ片腕の回復を待つため、目で牽制しつつその場に立っている。
リズレッドは眼前の悪魔への注意に最大限の集中力を使っていたため、驀進してくるその光が己に直撃するまで、まるで気づかなかった。
「っ!」
着弾した瞬間、心臓が飛び跳ねた。
魔王軍からの援護射撃か? だとすれば誰だ? ロックイーターか、メフィアスの眷属か、それとも他に待機していた、別部隊の魔物か。
だがその疑念は、すぐに解消された。
淡い光が彼女の体を包んだかと思うと、いままで負っていたダメージがみるみる回復していくのがわかった。
そしてその瞬間、リズレッドはそれがなんであり、誰から放たれたものなのかを理解していた。翠の光は癒術の証であり、しかもダメージの回復感覚から察するに、それはヒールではなくその上位魔法のライトヒールだった。だとすれば、これを使用した相手は――。
「アミュレ……助かった」
しかしどこを見てもその相手の姿を視認することができず、リズレッドはどこに向けるでもなく、礼の言葉を宙に放った。
自分の拙い感知系スキルを使用しても、あの少女の反応はない。だが確かにあのヒールライトは彼女が放ったものだと、不思議な確信がリズレッドにはあった。
だとすれば考えらえる可能性はただ一つ。このヒールライトはー自分の索敵できない超遠距離からの射撃だった。
「全く、大した『僧侶』だ」
その感嘆の言葉は、彼女の遥か後方で、奇しくもその少女の隣にいる男とシンクロしていた。
「――凄いものだな」
ノートンは愕然としてた。
眼前には大火に燃える故郷があり、彼と、そしてその隣にいる少女は、高い屋根の上からそれを見下ろしていた。
傍に立つ少女が、およそ常識とはかけ離れた距離からエルフの騎士へヒールライトを施した現場を目の当たりにし、ノートンは素直に感嘆の念をこぼす。
「ラビさんが教えてくれた、魔法の飛距離を飛躍的に伸ばす魔撃法です」
少女――アミュレは、杖を水平に構えて騎士へと向けたまま、ふう、と息をついて応えた。
ラビ……異世界からやってきた、無限の命を持つだけの青年。この世界の世情も事情も知らずにのうのうとエデンなどという夢物語の場所を目指す、夢遊病者のような存在。
ノートンにとって彼を知り得る知識はそれだけで、それ以上も求めるつもりもなかった。
確かに彼女に伝えたというこの魔撃法は目を見張るものがある。
杖の上で両手をかざし、照準を合わせて撃ち放つ魔法は、この世界の常識を一変させるほどの威力をまざまざと見せつけてくれた。
右手の人差し指と中指をピースサインのように立て、その間に魔法を当てる対象を捉える。そして左手の人指し指を立てて対象への照準を絞る。魔法を矢のようなものに見立てて撃ち放つ方法は、この世界の人間にとって新たな発想の境地だった。
だがノートンが愕然とする理由は他にあった。
第一に、たった一度のラビが行なった魔撃法を見よう見まね真似で模倣し、いとも簡単にそれを継承してしまったアミュレの資質。
だが、真に彼を驚愕せしめたのたのはそれではなかった。
どんな優れた技法も、仕組みがわかればあとは継承するだけで己も使用できるようになる。
遅いか早いかの違いなど、時間をかければいくらでも埋めることができる。
――では、自分は果たしてこれを継承したところで、同じことが行えるのか?
それこそがノートンを戦慄とも言えるほど愕然とさせた、アミュレの絶技だった。
たとえラビからを教わったところで、目の前の少女が行なった行為を、自分もできるようになるとはノートンは到底思えなかった。
「……あり得ない」
――それを以ってしてもあり得ないほどの、長距離魔撃だった。
ノートンとアミュレが立つ屋根の上からは、リズレッドは豆粒ほどにしか視認できなかった。
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