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 ――けれどその声は、賑わうシューノの街の声にかき消されて、どうにも聞き取ることができなかった。

 まあでもアミュレのことだし、本当に必要なことなら、あとから改めて伝えてくれるだろう。

 俺は気を取り直して前へと意識を戻した。


 シューノに戻ってきたのは何もシャナたちと久々に再開するためじゃなかった。

 目的は、この街の港だった。


 フランキスカ曰く、大神樹が根を下ろしていた大地は、現在ではどの国も渡航を禁止している禁断の大陸らしい。

 陸の国であるウィスフェンドはおろか、このシューノが所有している船でさえ渡ることはできない。

 それが次に俺たちが向かうべき『灰色の聖地』だった。


 そこで彼から提案を受けたのが、どの国の束縛も受けずに海を旅するだった。

 五年に一度、世界を渡る大船団の群れがこの港を訪れる。

 ウィスフェンドで次の目的地を告げたときに、フランキスカから受けた助言がそれだった。


 普通ならば決して乗船許可など降りないし、向こうもそれを認めない。

 だが彼には秘策があった。領主ともなるとそういった抜け道に長けた人との繋がりもあるのか、俺たちは四人はなんとか『灰色の聖地』への切符を手に入れたのだ。


 そう、四人だ。

 俺とリズレッドとアミュレ、そしてもうひとり、この旅には新たな仲間が加わる。


 そのもうひとりと合流するため、こうして俺たちは待ち合わせ場所の港へ向かっているというわけだ。


 潮風に吹かれながら、この先に待ち受けている禁断の大陸に思いを馳せた。

 白爺が人間だった頃は存在した、神と交流を持つことが許される唯一の神域だった大神樹ヴェスティアン。

 いまはその機能を失って、誰からも忘却された彼方の神物。

 けれど俺は、どうしても一度、その場所に自分の足で立つ必要があった。


 ここは人と魔物が創世の時代から争いを繰り広げる戦乱の世界だ。

 それが本当にこの世界の人々が望んだ戦いなら、それでいい。


 そこに流れる涙も、血も、命も、当人が決めたことなら俺に何かを言う権利なんてない。

 けれどリズレッドや白爺から歴史を語られ、どうしても俺には払拭できない疑問が生まれていた。


 本当に神は、魔物から人を救う気があるのか?


 頭に浮かぶ可能性が、拳を自然と固く握らせた。


 もし。

 もし、この世界が俺たち召喚者が英雄気取りで魔王を倒すためにお膳立てされた舞台なのだとしたら。

 神はそれを滞りなく運営するためのただの管理人なのだとしたら、俺はリズレッドやアミュレに、どう償えばいいのかわからない。


 彼女たちの心を砕くような生い立ちや人生は、一緒に旅してきて痛いほどにわかっている。

 それが、全てただのゲームとして、召喚者の満足感を満たすために作られた歴史なのだとしたら……。


「どうした? 顔色が悪いぞ」


 そこでふいに声をかけられた。

 リズレッドが様子に気づいて、怪訝な目つきで覗き込んできていた。


「あ、いや……なんでも……」


 慌てて取り繕おうとしたら、言葉が終わるよりも前に彼女が言った。


「どうせまた、余計な重荷を感じて、ひとりで背負おうとしているんだろう」


 半分呆れたような様子だった。

 余計な重荷……確かに、いまそこまで考え込むのは、余計なのかもしれない。けれど……。

 と、そこで再び彼女が言葉をつないだ。


「ラビは顔に出やすいのだから、それを見破れないわけがないだろう。どれだけ一緒に時間を過ごしたと思っているのだ。悩んでいるのなら、相談してくれてもいいだろう」

「いや、でもこれは、本当に個人的なことで……」


 しどろもどろに取り繕っていると、リズレッドが大きくため息を吐いた。

 いまさら何を言っているのだと落胆するような、悄然とするようなため息だ。


「だから、その個人的な悩みでも打ち明けて欲しいと言っているんだ。私は君のバディで、君は私のバディなのだから。……それとも、私では力不足か?」


 慌てて首を横に降った。

 リズレッドが力不足なんて、そんなことがあるわけがない。

 むしろその逆で、心が折れそうになったとき、いつも彼女が傍でそれを支えてくれた。


 ――だから、


「ごめんリズレッド、最近色々あって考えすぎてたみたいだ。整理がついたら、必ず相談する。……だからそれまでは、前だけを見よう。せっかく船旅なんていう、豪華な思いができるんだから。」


 レオナスを殺したことから始まる、自責の問い。

 俺はこの世界で、一体なにをして、なにができるのか。


 その思考は、一旦傍に置こう。

 隣に立つ彼女まで不安がらせるようじゃ、リーダー失格だ。

 後ろを振り返るのではなく前を見据えること。それがいまやるべき最善手だと、自分を納得させた。


 気分を切り替えると、不思議とさっきまで暗かった世界が、途端に光を取り戻して輝いて見えた。

 心地より潮の香りと、繰り返される波の音が気持ちを新たにするのを後押ししてくれた。


 リズレッドは静かに「そうか」と告げて、少し安心したように首を縦に振った。

 考えてもみればこれから俺たちを待っているのは、生まれて初めてとも言える長期の船旅だ。

 向こうの世界で言うバカンスとまでは言わないけれど、きっと新しい何かが待っているに違いない。

 ただ、妙にアミュレの顔が険しいのが気になるところだけど。

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