04

「やめろ」

「あ?」

「やめろって言ったんだ。ネイティブだからって、やっていいことと悪いことがあるだろ」

「……うわー、正義の味方かよ。うっざ」


 そう言ってニヤニヤ笑う巨漢。


「お兄ちゃん!」


 少女が叫び声を上げた。近くで見ると、その子は先ほど曲がり角でぶつかったあの子だった。

 そうか、召喚者という言葉に怯えていたのも、逃げるように去っていったのも、こいつらが原因だったのか。

 俺はなるべく冷静に告げた。


「サービス初日でこんなことになって、気が昂ぶってるのはわかる。でもそんなことをしても、楽しくないだろ」

「あ? お前、マジでうぜーよ」


 そう言うと拳を振り上げ、いきなり殴りかかってきた。唐突に大きな音や暴力を働き、相手の威嚇する。こういう奴らの常套手段だった。

 俺はそれを片手でいなし、そのまま後ろへ重心を移動させて払った。


「ぐッハ!?」


 集団が騒然となった。体格差からくる補正値の違いで、力技で俺が叶うはずがないと踏んでいたのだろう。

 だが俺は、小さい頃に不良グループに目を付けられて、虐められる毎日を過ごしていた。だからそれを打開するために体を鍛え、格闘技を習っていたのだ。

 確かにレベルが上がったプレイヤーには、俺の技は通じないだろう。だが等しくレベル1のいまなら、現実の格闘術は十分に通用する。


「ぐ……クソ……こいつ……チビのくせにどうやって!?」

「なぁ、もうやめないか? いまはプレイヤー同士で争ってる場合じゃないだろ? 俺がいい案を考えてみせるからさ」


 頭を掻きながらそう応える。

 こういう奴らは力で抑えつけても、何度も仕返しにきてキリがない。どこかで落とし所を探る必要があるのだ。


「ハハッ、随分威勢が良いじゃないか!」


 そう笑って一同の中から一人の男が現れた。獅子のように金髪をセットした長身の男だ。

 雰囲気でわかる。こいつがボスだ。


「レオナスさん、こんな奴、あんたが出てくる必要は……」

「黙れ。お前、俺のチームに泥塗ってる自覚あるか? クソザコに用意する席はねぇぞ? ア?」

「す……すみません」


 巨漢が小さく見えるほどの萎縮ぶりだった。

 この世界で関係を築いたにしては主従関係が構築されすぎている。おそらく現実世界でも顔見知りなのだろう。

 俺はレオナスと呼ばれた男に視線を合わせる。


「お前がこいつらのリーダーだな? 言っておく、ネイティブにこれ以上酷いことをするな。この街から脱出する方法は、必ず俺が考える」

「じゃあいますぐ考えろよ? クチだけ理想論語ってもよォ、結果が追いつかないんじゃ意味ないぜ??」

「……今は、まだなにも思いつかない。だが一日くれ。必ず見つける!」

「ダメだな。俺たちは一億ドルのためにガチってるんだ。お前の素晴らしい代替案を待ってる間に、誰かがこの街を脱出したらどうする? 一日でも出遅れる訳にはいかねぇんだよ」


 そう言ってレオナスは女の子の服を強引に引っ張り、外へ連れ出そうとした。


「やだあ! 助けて! お姉ちゃん!!!」


 その悲痛な叫びを聞いたとき、頭に血が昇った。ネイティブだから犠牲にしても良い。そんな台詞を、よくこの子の前で言えたものだ。


「やめろォッ!!!」

「ッッ!?」


 間合いに入り、思い切り殴り飛ばした。零級職とはいえ、現実の自分よりも微力ながら腕力が向上しているようだ。レオナスが盛大に吹っ飛ぶ。

 このまま意気消沈して去ってくれればと願ったが、どうもそこまで腰抜けではないようだ。


「……な、なにしがやるんだクソがぁ!!?」

「それはお前だ! 泣き叫ぶその子に、お前は何をしようとした!!」

「は? ただのネイティブだろうが! それともそういうロールプレイか? 俺たちは必死なんだよ! エンジョイ勢は黙ってろ!!」

「関係ないだろ! お前はこの子と接して、何も感じないのか? こんなに人間味のある子と話して、自分たちのために死ねって言えるのか!?」

「言うだろう普通! じゃないとクリアするどころか、この街から出ることもできねぇんだぞ!!」

「この……ッ!!」


 俺はもう一発殴りかかろうとしたが、既のところで見知らぬ女性に止められた。


「召喚者さん、もう大丈夫です! これ以上は衛生兵が来ます! 抑えてください!」


 顔があの女の子に似ていた。おそらく姉妹だろう。

 冷静になって周りを見ると、遠くからフルプレートを纏った兵士が駆けつけているのが見えた。

 この騒動の渦中にいる俺は、捕まれば尋問を受け、なにをされるかわからない。無論、Lv1の俺が叶う相手ではないだろうし、逃げるしかなさそうだった。


「こっちへ!」


 囮にされそうだった女の子の手を引き、彼女は手招きで小路へ誘導してくれた。それに従って細い石畳の道を抜ける。

 右へ左へと、まるで迷路のような道を走る。ときおり後ろを振り返るが、この分岐路の多さに観念したのか、もう迫ってくる奴はいなかった。

 やがて俺は一件の家に着いた。どうやらここが彼女たちの家のようだ。ひとまず安全な場所にきたことを安堵する。


「ありがとうございます召喚者さん、妹を助けていただきまして。私の名はミーナ・フィルォーナ。妹はリーナといいます」


 深々とお辞儀をし、感謝を伝えてくるミーナと名乗る女性。

 だが感謝をされる資格などあるのだろうか。奴らと俺は同郷のような関係だ。頭を下げられても、それと同じくらい後ろめたい感情が底から湧いた。


「……いえ、あいつらと俺は同じ国の出身のようなもので、感謝なんてとんでもないです。ええと、俺の名前はラビ・ホワイト。こちらこそ助けていただき、ありがとうございます」


 こちらも頭を下げると、すすり泣くリーナの姿を目に映った。


「うっ……ぐすっ……」

「……ごめんなリーナちゃん、怖かったろ」


 破顔させながら泣きじゃくる姿に、ひたすら罪悪感が募る。

 いきなり大挙して都市に現れた人間に、大の男に、服を掴まれてモンスターの囮にされそうになった恐怖とはどれほどだろう。

 しばらく無言の時間が流れた。ミーナさんは奥からお茶を用意してくれて、テーブルに置くと、あやすように妹の頭を撫でながら俺に言った。


「……リーナは、召喚者様たちがこの世界に来られるのを、すごく楽しみにしていたんです」

「え?」

「魔物を率いる魔王軍は日に日に勢力を拡大しておりまして、それに対して人間、ドワーフ、エルフは違いに憎んで手を取り合おうともしないんです。唯一の希望は、各国がそれぞれ異世界から、神の力を授かった召喚者様を召喚しようとしているという話だけで」

「……ああ」

「少し前に、魔王軍が三国を攻め入ろうとしている噂話を耳にしました。各国の王がそれに危機感を覚え、互いに強力する姿勢を取ってくれれば良いのですが」


 そう言って胸の前で手を組んで祈りを捧げるミーナに、俺は何も言えなかった。

 三国はすでに壊滅し、希望のはずの召喚者は、彼女の妹を魔物の餌にしようとしたのだ。

 たまたま俺が阻止できただけで、このまま時間が経てば、この都市のそこかしこで同じようなことが起きるだろう。


 この都市の人たちは……いや、この世界の人たちは、現実の人間と同じくらいの思考能力を有している。

 もし今回のことで召喚者たちへの不信が募れば、どうなるか?

 間違いなく自分たちを生き物と認識しない召喚者に、敵対するだろう。

 俺たちは全員がレベル1だ。そうなれば必ず殺し尽くされる。

 ネイティブの中には歴戦の英雄や、武勇豊かな将軍なども必ずいるだろうから。

 一度のログインで高額な料金を支払うこのゲームで、そんな時流になれば、アーク・ライブ・アブソリューション自体が終了する恐れがある。

 この素晴らしい世界を堪能できず、始まりの街だけ歩き、生殺しのようにサービスが終了してしまう。

 ……いや、それ以上に、あの女神様や、この姉妹たちが、絶望のままデリートされてしまう。それが嫌だった。

 俺は泣くリーナの頭を撫でると、そのまま外へ出た。

 辺りはもう薄暗く、空にはうっすらと月が光っていた。


「……お兄ちゃん?」


 怪訝な顔をする彼女に、


「リーナちゃん、召喚者のことを、悪く思わないでくれ」


 俺は、とても都合の良いことを言った。


「え……」

「勝手なことを言ってるのはわかってる。でも……昼間のような奴らだけが、召喚者って訳じゃないんだ」

「……」


 リーナは黙って俯いてしまう。それはそうだ、昼間のようなことがあって、それでも信じてくれなど、虫がいいにも程があるのだ。

 だが、この都市のネイティブに失望されたくなかった。特にこの姉妹には。

 なので俺は、俺のできることを全力で行う必要があった。だから、


「俺がそれを証明してみせる。リーナちゃんが待ち望んでいた召喚者は、ちゃんとこの世界にきたってことを」

「……っ!」


 ハッと顔を上げると、少し戸惑い、考えるような素ぶりをしたあと、彼女は俺の目をまっすぐ見て言った。


「……うん。ありがとう、お兄ちゃん」


 そう言うと、いそいで家の中へ走っていってしまった。逃げるのでなく、何かを取りに行くような様子だった。

 すぐにまた戻ってきた彼女の手には、小さな押し花が握られていた。


「これ持っていって。女神様が、私たちをお守りしてくれるアスタの花だよ」

「……いいのか?」

「うん。だから、ちゃんと帰ってきてね、お兄ちゃん」


 そう言ってやっと笑ってくれた。

 俺はアスタの花を受け取った。握ると少しだけ暖かい気持ちになるような、不思議な花だった。


 そして俺は彼女たちの家を後にした。

 この都市から初心者用の狩場に抜ける安全ルートを、明日の朝までに必ず見つけてみせる。

 今日は金曜で、プレイ初日ということもあり、徹夜は覚悟していたのだ。

 決意ととも外界の門へ向かう俺に、姉妹がいつまでも手を振ってくれていた。

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