50
「お前このままじゃ、
「――ッッ」
外灯が灯る表参道へ向かう足が、ぴたりと止まった。
――このままでは、あの頃のまま。
なにもわからず、なにも知らされず。ただ黙って父親のいいように教育されて、それに抗うこともできなかった幼い日の自分。
親しかった叔父様の屍肉を強引に口に突っ込まれて、それを血肉に変えて育ってしまった醜悪な自分。
そんな生き方が嫌だったからこそ、彼女は選んだのだ。他人を傷つけてでもわかり合うという歪な途を。
もう二度と自分の生き方を汚されないように。もう二度と他人の不幸で飢えをしのがないように。
――だというのに自分はいま、
「お前がいまのラビを信頼してるってのはわかったぜ。でもそれがなんだ? お前はあいつのなにを理解してるんだ? 失敗したんだろ、本性を覗くのを。それとも今日の迷宮探索で、そんなことしなくてもあいつの心に触れた気になったか? そんな幻想で痛い目見たのを、もう忘れたのかよ?」
気づけば彼女の手は、凍えるように震えていた。
やっと願っていた人に出会えたと安堵して、無防備となっていた心を――彼の言葉は無慈悲にも刺し抜き、切り裂き、丹念に解体していった。
「別に俺は、最終的にお前があいつとどんな関係になろうがどうだっていいんだよ。けどよ、それはお前が望んだ『生き方』だったのか? 強者に全てを委ねて、生かすも殺すも彼の思いのままってか? そんな付属品みてえな女になるのが、お前の夢だったのか? ――なァ鏡花、一緒に強者の側に行こうぜ。あいつだけトリガーなんつーチートスキルを手に入れてよ、そんなのフェアじゃねえよなあ? あの古代図書館には、その差を埋めるためのなにかがある。言い成りの人生から脱せられるチャンスが、あそこには転がってんだぜ」
まるで鏡花の全てを侵食するように、レオナスは彼女の肩に手を這わせる。荒々しく狂う男の心がそこから彼女の冷えた体に、じくりじくりと闇を落としていく。
一呼吸置いて、鏡花は勢いよくその手を振り払った。
「――下衆が」
そう冷然と言い放ち、彼女は窓を開いた。召喚者だけが使用することを許された、己のステータスや他者へのメッセージを発信、受信できる白いウィンドウを。
そしてレオナスの名をリストから拾い出すと、そこに文字を押下していく。――今朝、ラビが自分の前で見せた、ランプの作動順序を示したメモを。
レオナスの口元が歪な笑みを作った。
――彼が下衆であるならば、自分もまた同じ。
もう二度と惨めな思いをしないために。もう誰にも失望しないために。
――それが例え、ようやく見つけた彼女の
◇
鏡花がパーティに加入して三週間が過ぎ、俺たちの迷宮調査は順調にその功績を残していった。
一層目の完全地図化を完了し、二層目は一週間前に次層への階段を発見し、一昨日には地図化を完了させている。
一層目の地図が完成すると、フランキスカが用意した古代図書館の調査隊が本格的に迷宮の詳細調査を開始し、そこに遺る多くの遺物が地上へと運び出した。
高い天井まで届くほどの本棚を埋め尽くしていた蔵書の群は日を追うごとにその居場所を暗く苔むした地下から、換気の行き届いた専用の書蔵庫へと転化させ、いまでは――。
「一層目も、だいぶ寂しい感じになっちまったよなあ」
がらんどうとなった本棚が寂しげに立ち並ぶだけの迷宮を歩きながら、俺は鏡花へとなんの気なしに話しかけた。
「そうですわね」
話しかけらた当人は、あまり意に介していないのかただ平淡な言葉を返す。
初日に熱心に本を読んでいたからてっきり読書が好きなのかと思ったんだけど、どうもそうでもないらしい。
この三週間で彼女の人となりが掴めたような気もしていたが、やはりまだまだ時間が足りないようだ。まあ、ひとりの人間を理解するのにそんな短時間で済むはずがないのだから、これは俺の勝手な思い込みなのだろう。
「巨人の魔物との戦いも、だいぶ慣れてきましたわね」
と、思っていたら、今度は彼女のほうから話しかけてきた。
古代図書館は一層目がグールやマミーなどの人間と同サイズの魔物が出没するのに対し、二層目からは巨人しか出てこない領域だ。その理由は明白で、一層目の通路はあの巨躯が往来するには狭すぎるのだ。時には俺たちでさえ一人が肩をこすりながら通るような道もある一層目は、言うなれば巨人族の地上侵攻を食い止める防波堤の役割を担っている。
それが作為的なものなのか自然的なものなのかはさておき、そういった理由からこの迷宮の難易度は二層目から跳ね上がる。鏡花と俺の前線での共闘と、回復役のアミュレをパーティ最強のリズレッドが守るという戦術があるからこそ、たった三週間で二層目を突破できたと言っていいだろう。
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