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「どうしたんだラビ? なにか探しているのか?」
そこで、横から玲瓏な声が響いた。
「いや、なんでもないよ」
俺はそう応えて振り向く。そこにはいつもの騎士の装備を外し、綺麗に着飾ったリズレッドが、きょとんとした顔で俺を見ていた。その姿に思わず目が釘付けになる。
リズレッドはパーティに出席する際に着るような礼装を纏っていた。膝下まで伸びた白のドレスに、その上に羽織った黒のボレロ。髪はまとめてハーフアップしており、唇は薄いローズカラーが塗ってある。いつもの凛然とした彼女の雰囲気を残しつつ、女性らしさを強調した服装がとても綺麗だった。
その魅惑に負け、いつまでも眺めてしまいそうな自分の煩悩を無理やり押し殺し、再び前を向いた。俺たちはいま、中央公園の近くに作られた宿屋のバルコニーで、喧騒を離れて発表のときを待っていた。
風に揺れる髪を掬い上げ、少しだけ不安そうな顔でリズレッドが呟いた。
「ついにラビがこの世界で成すべき目的が発表されるのか。なんだか……少し怖いな」
「そうか?」
「ああ。もしそれが、私たちに害を為すものだったらどうしようと、な。ラビならそんな要求は呑まないとわかっているのだが、怖いものは怖い」
「……まあ、それはこれから発表される内容でわかることさ」
そうは言ってみたが、実は俺も同じ気持ちだった。
クリア条件はこの一週間であらゆる憶測が飛んだが、そのどれもがミーム程度のものでしかなかった。この情報化社会だというのにその端緒さえ掴むことができず、出どころの疑わしいリーク情報だけが大量に出回り、いたずらに混乱を招いてる状況だった。
他のプレイヤーはいまのところネイティブと親交を持とうとしている者が多いが、リズレッドの言うように、害のある条件が定時されたときにどうなるかは、想像に固くない。
そのとき、また初日のようにみんなの意思を誘導できるかはわからない。だがそうなったときは、やるだけのことはやろうと思う。この街には隣にいる彼女だけではなく、親しくなったネイティブが多くいるのだ。この世界の人たちが傷つけられるのをただ見ているなんて真似は、俺にはできない。
「……というか、もう願いなら叶ったしなあ」
「? なにか言ったか?」
「……いや、なにも」
「……? なんだか、今日のラビは様子がおかしいぞ?」
眉を上げて訝しげに覗き込んでくるリズレッドを見て、俺はさも何かを考えているように、口元に手を当てた。そうしないといくら夜と言っても、赤面しているのがバレてしまうと思ったからだ。
そう、俺の願いはもう叶ったのだ。彼女と比肩する男になるために、一緒に歩みたいという願いは成就された。これ以上なにかを望んだら、アスタリア様に助走をつけて飛び蹴りをされるというものだ。
だが困ったことにあの一件以来、俺は彼女のことを明確に好きだと認識してしまった。彼女いない歴イコール年齢の俺に、それを自覚した上で平静を装って会話するのは、大変難易度の高いことだった。素直に好きだと言えばいいものを、激戦を終えてひと段落すると、これが中々言い出せないもので、自分の胆力のなさが情けなくなるばかりだ。
なので出がけにミーナの家を立ち寄った際、たまたま訪問していたシャナに『がんばってね』と言われたときは、心臓が飛び出るかと思った。もしかすると周囲から見るとバレバレなのだろうかと肝が冷えたが、どうやら察しているのはシャナだけのようで、ほっと胸を撫で下ろした。
というよりもシャナが特別に勘が鋭いというのかもしれない。リズレッドが彼女に対して主導権を握れないのも、察して知るべしというところだろうか。
なぜミーナの家にシャナがいるのかというと、俺たちが街の案内役として彼女を紹介したからだ。リズレッドも彼女には心を許しているということもあり、頻繁に交流を持つうちに、今では立派なお茶飲み友達となっていた。
メルキオールもシャナの家に一緒に住んでいる。幼い彼がひとりで生き抜くことは難しく、かと言って俺たちはいつどうなるかわからない身だ。それを察して一緒に住むことを提案してくれたシャナには感謝しかない。メルキオールも彼女には特別なついているようで、傍目から見れば仲の良い本当の姉弟のようだった。
「ラビー? 聞いているのかー?」
「あ、ああっ」
再び意識が飛んでいた俺を、リズレッドが上目遣いで訊いてくる。
エルダーの一件以来、彼女も俺との距離を縮めてくれたのか、このようにやたらと近くなることがあり、そのたびに俺は心臓をはね上がらせている。
そんなやり取りをしていると、唐突に中央公園に備え付けられた壇上が光を浴びた。
スポットライトが存在しないのでランプの灯を何千本も同時に点火し、無理やり光量を上げたそこは、さながらライブ会場のような様相だ。
『よーう! お前ら元気かー! この世界をしっかり楽しんでるかー!?』
ハイテンションなフードを被った怪しい宣教師のような男が突然現れ、壇上の中心で叫んだ。
灰色の外套布をキレの良い動きではためかせ、観客の目を一点に惹きつけるパフォーマンスが映える。その動きと口調で、名乗る前からそれが誰なのかすぐにわかった。
「バルロン・アーシュマ……」
俺たちをこの世界に導いた張本人。1億ドルという法外すぎる金をクリアの報酬として用意し、現実世界を熱狂の渦に巻き込んだ男が、いま俺の眼下に立っていた。
『待たせたな! 今日はお待ちかね、クリア条件の大発表会だ! この一週間さまざまな策を練って、事前行動を取っている奴もいたようだが、その苦労も今日報われるという訳だ! おつかれ!』
突然の襲来に、会場中の召喚者が一気に熱気を上げた。
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