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  ◇



「ほいじゃ、パーティ申請送るよー」


 再びALAの世界へ訪れると、誰もいない部屋のなかでマナが手慣れた様子でコマンドウィンドウを操作し、大勢の召喚者の名が並んだリストからラビを指名した。当初はパーティなどろくに組んだこともなく、指名画面からどう手を動かせば良いのかと思案に暮れていた彼女も、いまではすっかり手慣れたものだった。


 なにせ彼と協定を結んだこの一週間あまり、毎日繰り返して行なっている定型作業だ。意識しなくても指が勝手にラビの名を見つけ、申請ボタンをタップする。


 先ほどまで今日の作戦会議を行なっていた来賓の間は、向こうの世界で食事を済ませている間にもぬけの殻となっていたが、誰に言うでもなくマナは気軽な調子で呟きながら、即座に許可を出してきたラビが自軍に入ったことを確認した。あとはリズレッドへの伝言を受け取り、それを彼女に伝えるだけである。


「翔じゃなくてラビとして言葉を伝えたいなんて、結構ロマンチストじゃん」


 直情型で激情型で浪漫主義、というのが彼の印象として固まりつつあった。それを認識すると、無意識のうちに笑みが漏れた。ラビ――むろん『ラビット』から来ているのであろうその名前が、抱いた印象と見事に一致したからだ。一途で、一つの物事に熱中したらどこまでも追いかけ、そしてよく月とセットで語られる。そんなロマンチックな生き物と。


 現実世界の名前をそのまま流用した味気ない自分とはまるで違う。もっとも、彼女も彼女なりに考えて、こちらの世界でも『マナ』と名乗ることを決めたのだが――。


 そこまで思考を進めて、柄にもなく感傷的になっている己に気づくと、マナはかぶりを振った。心の内に湧き上がったものを、空中へ放り投げるような所作だった。

 そしてその後は彼から送られてくるであろうパーティメッセージを待つ傍で、特に目的もなくコマンドウィンドウを弄った。


 彼からの伝言は、そう長いものではないだろう。なんといっても現在進行形で、アラクネの子供たちに体を食われているのだろうから。HPが尽きるまでの時間を考えれば、メッセージは多くても三百文字程度が限界だ。


 そう考えるとやはり向こうのギルドで、翔として自分に言付けを頼んだほうが、よほど多くの言葉を残せたのではと彼女は思った。だがそれもやはり、これも直情型な彼ゆえの性質なのだろうとも納得できたのだが。

 マナはほぼ無意識で指をウィンドウに滑らせながら、なんとも厄介な二人に顔を突っ込んでしまったものだと自分自身に呆れた。


 だがそのとき、信じられないものを見た。


 ぼんやりと自分の内に傾倒していた思考が、一気にそれへと視点を移した。自分の眼前に広がる、小窓程度の大きさのコマンドウィンドウに。


 ウィンドウは偶然マップ表示へ切り替わっており、最小視点では、いま彼女がいる来賓の間の構造図しか表示されていなかった。だが視野を広げて最大視点へと切り替えたときに、マナは目を大きく見開くことになった。


 ラビの存在を示す光の点が、確かにそこに明滅していた。


 見間違いかと思い目をこするが、ウィンドウに確かに示されたそのフラッグは、消えることなくマナに彼の居場所を教えていた。


「うそ……」


 思わず驚嘆の声を上げた。あれだけリムルガンドを歩き詰め、索敵範囲を考慮して細かにエリア分けして捜索しても、全く足取りの掴めなかったそれが、こんな形で唐突に姿を現したのだ。

 しかしそれだけではない。マナが真に虚をつかれたのは、光点の位置だった。


「これ、ウィスフェンドの敷地内じゃん」


 そう。光点はリムルガンドではなく、城壁に囲まれたこの都市の内部で明滅していたのだ。

 灯台下暗しとは言うが、まさしくそれを体験したような思いとなり、関心とも呆然ともつかない気持ちが胸中をよぎった。


 場所は城塞都市の北部、フランキスカが話していた『城塞迷宮』と呼ばれる区画のようだった。だがマップは、彼を捕らえている監獄が位置する座標は教えてくれても、そこへどう行けば良いのかまでは教えてくれなかった。


 城塞迷宮一体は黒塗りされた資料のように塗りつぶされており、全く構造を把握できなかったのだ。

 ALAの仕様では、自分が未踏の地域は詳細な構造図はわからず、おおむねの外形のみが召喚者に伝えられる。ワールドマップを歩くと、灰色だった地域のどこに山があり、谷があるのかが新たに書きつけられるタイプのゲームと同様だ。


 だがここは完全な黒で塗りつぶされている。果たして足を踏み入れたところで仔細な情報が加えられるのか、彼女には判断できなかった。


 首をかしげてマップを睨んでいると、ふいにメッセージが届いた。ラビからの伝言だ。マナはそれを黙読したあと、少し考えて、ウィンドウを操作してログアウトを選択した。彼もいまごろは食い殺されて、向こうの世界へ帰還したことだろう。


 十秒間の沈黙ののち、彼女の周囲を取り囲むように再び光の柱が現れ、マナの体は光の粒子となって消えた。

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