11
感慨深げにそう呟くと、横を歩くリズレッドはなにか思案げな面持ちで口元に手を添えたあと、
「慢心は油断を生む。どんな英雄もゴブリンに殺されることだってある。……だが君は、十分に私の訓練に耐えたし、それに見合う力を付けている」
「? どういう意味だ、リズレッド?」
「……いや済まない。ただの独り言だと思ってくれ。……ただ、これだけは言わせてくれ。ラビ、君はレベル55の私の剣戟にも耐える技量を備えつつある。だからきっと、この戦いはおそらく君の予想しない展開になるだろう」
「…………?」
リズレッドとは反対側、俺の左隣にいるアミュレとともに、意味深な言葉を吐く彼女を見てお互い疑問符を頭の上に浮かべる。
当の本人はなにやら満足げな顔をしてすたすた前を歩いていってしまうのだから、文字通り取り残されたような形だ。
「……なあアミュレ、リズレッドのやつ、一体どうしたんだ?」
「さあ……?」
結局その疑問が解決しないまま、リムルガンドに到着した俺たちは、人目の少ない岩陰で照りつける太陽から身を守りつつ、最後の模擬訓練を行った。
――そして正午となり、太陽がリムルガンドの剥き出しの岩場を焦がす只中、ついに彼女は現れた。
「こんにちは、ご機嫌いかがかしら?」
あいも変わらず余裕たっぷりでいて、突き刺さるような剣気を放つ鏡花。黒艶ある挑発が朱色の和装とよく似合い、脇に差した太刀と合わせるとまるで戦国の世にでも時間旅行しているかのような錯覚を覚える。
だけど隣にいる妹の弔花に目を写せば、それがただの錯覚であることはすぐにわかり……こちらはこちらで時代がかった魔女のような服装をしているものだから、それはそれで認識がおかしくなりそうになるのは間違いないのだが……。
「……?」
そして彼女が姿を表してから、ずっと気になっていた人影がひとつ。
人影といっても鏡花の後ろの岩影でなにやらもぞもぞと動く、得体の知れない影なのだが。
明らかに彼女たちの連れ合いなのだが、近づいてくる気配はない。不思議に思いながらも、俺はひとまず話を進めることにした。
「よう鏡花。待ちに待った決闘の前だ、機嫌なんて聞くまでもないだろ?」
精一杯の虚勢を張ると、くすりと鏡花は笑みを零した。その仕草に、不覚にも胸が高鳴る。鏡花は他の召喚者のアバターに比べてもキャラクターの造形にかなり力が入っているのか、とても目を引く。可愛いという表現ではなく美人という表現が似合うような大人びた魅力がある。そんな彼女が闘いを前にして微笑む顔は、ただただ無邪気で無防備に見えた。
「それは良かったですわ。私もこの日のために……あなたを殺すために、さらに腕を磨いておきましたの。それで少しお願いなのですが、見物人を一人追加してもよろしくて?」
「見物人?」
「ええ。出ていらっしゃい、フィリオ」
そう言って自分の後ろに隠れた人影に指示を出す鏡花。さっきから気になっていた影が、それを合図に飛び跳ねるように岩の死角から飛び出してきた。
「はい……鏡花さん!」
まるで従順な臣下のように振る舞う少年が、羨望の眼差しで彼女を見上げながら傍に付いた。次いで俺に目を向けるが、
「あなたが、鏡花さんの今日のお相手ですか」
刺々しいまでの敵意が突き刺さる。とは言え相手はまだ十二歳ほどの子供で、その威嚇の眼光もどこかくすぐった感じすらした。
「鏡花、この子は?」
「っ! お前、鏡花さんを呼び捨てに……女性への経緯も知らないのか!」
こちらの一挙手一投足すべてに噛み付いてきそうな意気込みを見せるフィリオという少年。整った容姿をした利発そうな顔が、怒気を上げて威勢を放つ。しかしそんな彼を後ろから抱きつくようにして、弔花が制した。
「こら……フィリオ……ラビに喧嘩を……売らない、の……」
「ぶっ! ちょ、弔花さん……やめてください!?」
身長差のせいで小柄な彼女でも悠々と後ろから手を回し、後ろから抱くようにして吠える少年を諌める姿は、まるで中のよい年の離れた姉弟のようだ。……でも、彼が焦る気持ちも理解できる。何故ならその彼我の身長差のせいで彼に頭の上に丁度、弔花の胸に備わっている二つの凶器が、惜しげも無く乗る形になっているのだ。
その破壊力は、もはやスキルと言っても過言ではない。男なら一度は夢想するその極地に至った幼い子供が、さっきまで喧嘩を売っていた相手を前に赤面して慌てふためくのも無理はないだろう。
「? どう、したの……?」
しかも当の弔花は全く意に介していないのだから
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