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「ふたりとも、遊ぶなら他所でやってくださいませんこと? ……ああ、ごめんなさいラビ。この子はフィリオと言って、私のバディです。見た目通り剣の腕はからきしで、武よりも学を得意とする子ですわ。契約だけ済ませたら生家に残して別行動を取ろうと思っていたのですが、本人の希望で剣術を学ぶためという名目で、こうして旅を共にしております」

「旅を共にって……こんな幼い子供をか!?」

「あら、あなたがそれを言います?」


 冷めた目で後方に控えるアミュレに視線を投げる鏡花。

 アミュレが眉を釣り上げながら猛然と抗議する。


「むっ……失礼ですね。私を見た目通りの非力な子供だと判じているなら、どうぞご安心を。こう見えても腕には自身があるんです」

「へえ……じゃあ、この男を殺したあと、私とります?」


 冗談とも本気ともつかない平坦な瞳に射抜かれ、アミュレが身震いをすると共に素早く俺の後ろにへばりつく。

 リズレッドもそれに応じるように剣気を放つ。――まさに一触即発の雰囲気が流れ、決闘相手の俺を差し置いて一戦交えそうになる彼女を静止するため、慌てて鏡花へと駆け寄った。


「おいおい鏡花、勘弁してくれよ。まだこのふたりはお前のを知らないんだ。リズレッドが本気で怒ったら本当に手が付けられないんだぞ」

「……別に私はあのエルフに喧嘩を売ったつもりは無いのですが……あと、少し近いですわよ」

「ん、そうか? すまん」


 手で強引に押し返されて、思わず謝罪する。


「でも本当に、戦いの経験がないんだったら旅であまり無茶させないほうがいいぞ。というか、ロックイーターと遭遇したときによく怪我しなかったな」

「あのときはたまたまフィリオが熱を出して宿で留守番しておりましたので。全く、箱入り息子が旅路で無茶をしたのが幸いするとは、人生どうなるかわかりませんわね」

「……お前、自分のバディにも容赦ないんだな」

「ふん、これでも最大限気を使っておりますのよ」

「そうか……まあ、お前の場合はそうなのかもな……おーいフィリオー、頑張れよー」

「お前、なにを同情している!?」


 決闘の直前にふいに起こった僅かな緩衝。

 だがその弛緩を斬り伏せるように、鏡花が太刀を鞘から引き抜く。パチン、という小気味好い音とともに引き抜かれた鈍く光る刀身が、ギラつく殺意の眼光のようにリムルガンドの日差しを反射して俺へと向けた。


「……無駄話は、もう宜しくて?」


 その威圧と冷気。温度を感じないはずのアバターの体が、寒気を覚えていっとき震えた。彼女の体から迸る気迫が、疾く俺と殺し合いたいという思いを容赦なく放出している。

 それを受けたリズレッドが、こほん、と空咳をひとつ突くと、鏡花と向かい合う俺の前に出る。


「はじめまして鏡花、私はリズレッド・ルナー。知っているとは思うが、ラビのバディだ。及ばずながら今日の決闘の審判をさせてもらう。勝敗はどちらかの先頭続行不可能か、もしくは降参。むろん、死亡した場合は敗北だ。そして私がこれ以上の続行に意味がないと判断したときも、決闘を終わらせてもらう。……それで良いな?」

「……これ以上の続行に意味がないと判断したとき、というのは?」

「言葉の通りだ。最早敗北宣言も、相手の命を奪うこともする必要がないほどに勝敗が分かれたと判断したとき、その場で終了を宣告する」

「へえ? あなたにそれを分別する力がありまして?」

「……推奨はしないが、ここでひとつ手合わせをしてもいい。だが間違いなく、私が勝つぞ」

「…………」


 鏡花の切れ長の双眸が、一瞬敵意を宿してリズレッドを映した。それに対してリズレッドは泰然とした態度でそれを受け止める。ふたつの視線が宙で火花を散らすような幻視が起こり、思わず身を退ける。俺としてもまさかリズレッドが審判を申し出るとは思ってもいなかったし、鏡花が食ってかかった『降参も死も必要としないほどの決着』など、起こり得るのだろうかと疑問だった。


 鏡花とリズレッドの視線対決はすぐに終わり、折れたのは鏡花だった。


「……どうやら、相当な実力がおありのようですわね。ステータスを知らされなくても、纏っている雰囲気がそれを物語っておりますわ」

「過分な見繕いだ。だがその選択に感謝する」


 リズレッドがそう言って短く頷くと、俺と鏡花の両者に一定の距離を取るように手振りで促した。そのとき、ちらりと向けらたリズレッドの視線が、不思議な思惑を灯していることに気付く。道中での発言といい、彼女は一体この戦いの先を、どう見据えているのか――。


 いや、いまはそんなことは考えるのは止そう。

 いまはただ、目の前に立ち、俺と対峙することを心から望んでくれた相手に、精一杯の死力を尽くすことを考え、そして――アステリオスの助言通り、イメージすることだ。俺が彼女を辛くも打ち倒す、そんな未来の光景を。

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