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 ――それから数時間後、ウィスフェンドの南で五つの影が門をくぐった。

 リムルガンドからリズレッドたちが帰還したのだ。さすがに深夜ともなると疲労の顔は個々に表れている。特にアミュレに至っては、歩いているときから何度も欠伸をしており、どれだけ訓練されていても、まだ十歳を過ぎたばかりの少女であることが伺えた。

 長い通路を通り市街へと出ると、そこでぴくりとリズレッドが反応した。


「……不穏な空気だな」


 なにかを察し、周囲を見回す。

 他の四人は警戒する彼女を他所に、互いに顔を見合わせた。


「エルフは勘が鋭いって言うからねえ。森で弓を射ていたときの賜物らしいが、この状況で言われると、なかなか身が引き締まるよ」

「む……エレファンティネ殿は、なにも感じないのか?」

「生憎ね」

「そうか……」


 確かにエルフ族は直感に優れた種族だが、隊長である彼ですら気づかないということは、単に自分の思い過ごしだったのかと思い、首を傾げた。迫り来る危機を前に、意識が過剰に逆立っているのかもしれない。そう思っていた矢先、轟音が街を震わせた。反射的にリズレッドとエレファンティネが音の発生源となる方向を向く。


「中央十字路の近く……か?」

「だろうね。煙が上がっていないところを見ると、爆発ではないようだ。なにか大きな力で叩きつけたような感じか」


 二人は目を見合わせ、偵察の意思を確認し合った。


「ホーク君、一緒に来てくれるかい?」

「はい、もちろんです!」


 瞬時に態勢を整える二人に対し、リズレッドは自らの仲間を見た。マナはまだまだ平気だという顔で彼女に笑みを送った。しかし隣にいる少女は道中からも見てわかる通り、疲労の色が濃い。先に宿に戻るように指示を飛ばそうとしたが、


「私もお供します」


 それよりも先に言い放たれた。

 リズレッドは間を置くと、小さく頷いて、「危ない状況だと判断したら、すぐに私の後ろに隠れるんだぞ」とだけ告げた。

 荒野に潜む魔物は、ゴーレムを除けばそれほどレベルは高くなかった。危険と言えば危険だが、経験を積んだアミュレならば、咄嗟の判断もできるだろう。だがこの街には、そんな魔物たちよりも手練れた冒険者が数多く在留している。兵士が出払ったことに乗じて不穏を起こしたという可能性は十分に考えられた。というよりも、そうなる可能性のほうが高かった。だからこそフランキスカも、最後まで最低限の武力を街に残していたのだ。危機に陥った状況に置いて、敵はなにも外敵だけではない。恐慌に陥った人々もまた、危険因子になりうるのだ。


 アミュレが、はいと返事をしたのを確認すると、五人は南門から走って中央十字路へ走った。街の住人が先ほどの衝撃音を聞き、何事かと外へ出てきている。魔王軍が攻められている状況で、街中で突如起こった異変に過敏に反応しているようだ。


「不味いな」


 厳しい顔をしながらリズレッドが呟くと、前方を走るエレファンティネが応えた。


「ああ。ただでさえ緊張の糸が張りつめた状態でこんなことが起これば、第二第三の暴動が発生しかねない。こりゃ、戻ってきて早くも正解だったかもしれないね」


 街路に隣接した家屋からざわめきの声がいくつも上がっていた。急いで現場へと向かい、ほどなくして五人は中央十字路の噴水が目視できる位置まで来た。しかしそこでは今まさに、凶行に及ぼうとする男が掲げた斧を振り上げて、地面に転げた相手に襲いかからんとしていた。「くそっ! 間に合わない!」というエレファンティネの声が響く。


「《疾風迅雷》」


 声をトリガーとしスキルが発動すると、リズレッドは前を走っていたホークたちを一瞬で追い越し、鞘から剣を引き抜いた。

 男の射程まで入ると、二人の間で宙に白い弧が閃めいた。次いで、斧が柄から綺麗に両断され、重い音を立てて地面に刃が落ちる。


「な……ッ!?」

「動くな。動くと今度は、きさまの体がこれと同じことになるぞ」


 もちろんおどしだが、そうと悟られずに威圧する彼女の前に、男は顔面蒼白になりながら後ろずさる。しかしそれと同時に、真後ろ――リズレッドが助けた男が、弾けるように声を張り上げた。


「構うことはねえ! やっちまえ! あんたもバディなんだろ? じゃあ召喚者の味方なんだよな!?」


 リズレッドは眉をひそめた。別に誰の味方という訳でもなかったし、言ってしまえば人族ならば、少し前まで全員が敵とすら思っていたのだ。左手にリングを嵌めているからといって、無遠慮に仲間だと思われるのは、良い気分のするものではなかった。

 だが周囲の反応は、そんな彼女の心境とは裏腹に、男の言葉を真実として受け止めた。


「なんだと!? この女、裏切り者かよ!」

「だからとっとと召喚者なんて追い出そうって言ったんだ!」

「見ろよ、あんな美人を騙して味方に引き込んで……なんて野郎どもだ」

「ああ。しかもあれ、エルフじゃないか……?」

「本当かよ。俺たち人間は嫌ってるくせに、召喚者ならいいんだな」


 住人たちから一斉に憤怒と同情を混ぜ合わせた感情を浴びせかけられ、思わず声を張り上げる。

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