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俺は全てを出し尽くして奴に一撃を放った。
その剣は確かに届いたが――決定的な勝利を掴む寸前で、指先を僅かにかすめて溢れ落ちていた。
「いまのは中々、イイ攻撃だったぜ」
にやりと微笑みながら語る彼の瞳は、言葉とは裏腹に昏く、狂気の光が灯っていた。
奴は見抜いていた。俺がもはや、次の行動に移るだけの余力がないことを。
無茶な挙動を行ったことにより体の機敏を削がれて、さらに剣を振り抜き切ったこの体勢は、躱されてしまえば一転して完全に無防備な状態となる。
次の行動に移るまでに、どれだけの時間がかかる?
一秒か、それとも五秒か。
いずれにしても『トリガー』の力を得たレオナスの前では、それは敗北と同義の時間だった。
殺される。
自分がではなく、リズレッドやアミュレが。
その最悪の光景が頭に浮かんだ。
だが胸に湧くのは心を砕く挫折感ではなく――燃え上がるような、叛逆の意思だった。
「――だ、」
「あん?」
――体は満身創痍で、次の攻撃体勢に移る時間もない。
けれど、
「――まだだァッ!!」
勝つことでしか望んだ未来を得られないのなら、俺はそれを、どんなことがあっても掴んでみせる。
柄の先端が折れた杖を強く握った。
俺と同じように、この武器ももはやぼろぼろだった。
けれど、俺と同じように――その先には、轟々と燃える焔の刀身が、いまも力強く輝いていた。まるで希望の象徴であるトーチのように。
それを行ったのは、全くの無意識だった。
ただその輝きに勝利を重ねて、もっとその光を増して欲しいと願った末の行動だった。
「ッ!?」
レオナスが異変に気づいたのは、そのコンマ数秒後だった。
神速の反射神経とも言うべき反応で、なにが起ころうとしているのかを察知していた。
だがそのときには、希望の光は奴の意識の先にあった。
光刃・第二形態――片手剣ほどの大きさの刀身が、一気に燃え上がって元の姿へと還った。
俺が初めてこの技を得たときの、光刃・第一形態である大剣の姿へと。
もっと光を。
そう願った心に呼応するように。
紙一重で躱された距離を、燃え膨らむ焔の刀身が飲み込んだ。
躱されたはずの攻撃、掴み損ねてこぼれ落ちた未来を、この光は呼び戻してくれていた。
リズレッドの技と、スキルの同時発動という俺の特性が手を取り合って生まれた、絶望に抗う灯火の力が。
途端、レオナスが苦悶の声を漏らし、たたらを踏みながら後ろで後退した。
「ガ――ァ、ぐ――ッ、っ」
勝ちを確信した男が、生贄に手痛い反撃を受けてよろめいた。
光刃が避けたはずの右側面から刀身を巨大化させ、右腕に深々と炎熱の裂傷を負わせていた。
切断こそしていないものの、もはや使い物にならないことは明らかだった。
「――ッツ、ッツ!」
歯が砕けるのではないかというほど強く噛み合わせて、目を向いて痛みに耐えるレオナス。
それが、『トリガー』の最大の弱点だった。
飛躍する能力と痛みの両方をこの身に降ろすこの技は、平和な世界で生きてきた俺たちが使うには覚悟が必要だった。
すなわち、死の激痛を受け入れる覚悟が。
リズレッドはそれを理解していたから、俺にこの技の使用を原則禁止にするよう促したんだ。
そして幸運なことに、俺は『トリガー』を自分の意思でオンオフできた。引き金を引くか指を離すかを、自分で選ぶことができた。
だけどこいつは違う。
神の儀式という、自分ではどうすることもできない強制的な技の付与により、奴は常時、その力を発動し続けていた。
自身の意思ではどうすることもできない銃の引き金を、ずっと引き続けなくてはいけない。
精神の汚染がないとはいえ、それはもう……呪いというしかない気がした。
「痛いだろう、レオナス。それが戦いの傷だ。俺たちの世界では、滅多に出会わないものだ」
両膝をついて痛みに悶える彼に、息を整えてから告げた。
「くそ……吐き気がしやがる……目も霞んで……なんでだ。オレは強くなったはずだ。なのに……なんでこんなにダメージを負ってるんだ……!」
狼狽して吐き捨てるようにそう告げる。
頭では理解しているが、心がそれに追いついていないとう風に。
「……理由はふたつある。ひとつは『トリガー』は全ての能力値を増やすことができる。ただ、HPとMPは例外だ。防御値が上がってるから相対的に減りにくくなってるだけで、お前の命はいまのレベルに見合った総量しかないんだ。それにこの光の剣は、いまの俺が持つなかで最高の火力を持ってる。ジャイアントキリングを成せるほどのな。……そして最後の理由は、HPバーが残っていても、俺たちの精神力が耐えられるかどうかは別問題ってことだ」
「……」
「お前だってわかってるはずだ。この力を得たときから、その代償がどういったものなのか。俺もメフィアスと戦ったとき……痛くて痛くて、堪らなかった。でもそこから逃げずに立ち向かえたのは、後ろにリズレッドたちが居てくれたからだ。そうじゃなければ、とっくに逃げ出していた。……レオナス、お前の後ろには誰がいる」
彼の後ろには誰もいなかった。
唯一、彼に肩入れしていた迷宮の主――他人の人生を貪って生きてきた男は、同じくその同族であるレオナスに、ただの経験値として食い尽くされていた。
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