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  ◇



「ええと……ラビ・ホワイト宛ての荷物は……っと、お、あったあった。ほい、輸送代は二千Gだ」


 男が山のように積まれた荷物の中から、茶袋の小包を摘み上げると、気さくな感じでカウンターの上に置いた。

 彼は身長百十センチほどの低身だが、子供という訳ではない。鉱山夫のような服の上からも見てとれる盛り上がった筋肉と、年季を感じさせる深いシワ、そしてくしゃくしゃの白ひげから見て取れるが、立派な成人男性だ。

 彼はドワーフだった。遥か南に位置する大国サンクエリを拠点としたドワーフは、祖国を滅ぼされたあとは世界中に散り、持ち前の器用さを生かして、こうして人間族と共存の道を見出していた。


 俺は代金を請求され、しまったと顔をしかめた。鷹代に費用がかかるのをすっかり忘れていたのだ。


(まあ、これで昨日の空気を少しでも緩和できるなら安いものか)


 そう思い直し、懐から提示された金銭を支払う。

 ログインした俺はバザーの男が言っていた一時間後丁度にウィスフェンドの《鷹の翼》支部へおもむき、翡翠を受け取っていた。


 頭上を何千を超える鷹が飛び交い、依頼された荷物を届けるために降り立ち、または飛び立つ。大昔に伝書鳩という鳩の脚に伝書をくくりつけて飛ばす通信事業があったらしいが、おそらく当時もこれと似たような光景が広がっていたのだろう。現実とALAの世界が、示し合わすことなく類似した点を見せることは稀にあり、それを発見するのもALAの面白さのひとつだと俺は思う。


「あんた召喚者だろ? いつも贔屓にしてくれてありがとな」

「わかるんですか?」

「ま、雰囲気でな。あんたらがこの世界に来たときはごたごたもあったらしいが、商売人としちゃ金を払ってくれる奴なら誰でも大歓迎さ。しかも、それがバディとあっちゃな」


 彼は俺の左手の薬指にはめられたリングを見て、ウィンクを飛ばした。


「相手へのプレゼントかい? そういう心配りを忘れちゃいけねえぞ」

「はあ……」

「召喚者と俺たちは、根本的に違う生き物だ。住んでる世界も、命の数もな。だから相手への感謝の気持ちはいつも持っていなくちゃいけねえ。じゃないと、すぐに別れることになっちまう。俺と前の女房みたいにな」

「……召喚者とバディの契約を切るネイティブを、見たことはありますか?」

「そんなの山のように見たぜ。最初は意気投合しても、だんだんお互いについていけなくなり、指輪を外すんだ。俺が見たところ、最初の喧嘩が大喧嘩になった奴らはそうなる確率が高いな」

「……」

「ま、お前さんなら大丈夫だろ。見たところ相手を大切にしそうな顔してるしな。……ほい、じゃあ依頼されてた荷物だ。また何かあればいつでも使ってくれよな」


 翡翠を受け取ると、ドワーフの気さくな言葉を背にして、俺は《鷹の翼》を出た。心に焦りのようなものが侵食していく感覚を覚える。


 ――最初の喧嘩が大喧嘩になった奴らはそうなる確率が高いな


 その言葉が何度も胸の内に反響し、じわじわと心を乱していく。

 一年間を共に過ごしていながら、呆気なく喧嘩をしてしまったように、もしかすると――。


 俺は勢いよくかぶりを振り、その考えを振り払った。思考は結果を呼び寄せるものだ。最悪の結末を想像して、それが実現してしまってはたまったものではない。であれば、俺が考えることはひとつだけだった。


「――今日は必ず謝ろう」


 昨日の怒りの熱は冷め、今なら彼女に素直に謝罪することができる。俺がリズレッドより弱いことは確かであり、それを指摘して諌めるのは、師匠としては当然のことだろう。自分の至らなさを突かれて気を昂らせるなんて、彼女の言う通り未熟な証拠だ。


 俺はギルドへ向かう足を早めた。この気持ちが鈍る前に、それを伝えたかったからだ。しかし、


「あっ、ラビさーん! こっちこっち!」


 ギルドの石階段にちょこんと座っていたアミュレが、俺を見つけるや立ち上がり、ぴょんぴょんと跳ねながら手を大きく振った。

 次いで隣にいるロズが丁寧にお辞儀をする。

 ……しかし、リズレッドの姿はどこにも見当たらなかった。


「おはよう、アミュレ。昨日はごめんな」

「本当ですよー! 約束は守るものですよ! お陰で飢え死にするところでした!」

「あはは……」


 頬を膨らませながら抗議する彼女に、手を合わせて謝罪の意思を示す。


「ラビ様、おはようございます」

「おはよう。アミュレと一緒だったんですね、いつ知り合ったんですか?」

「今朝です。彼女のほうから声をかけていただいて」

「リズレッドさんから話を聞いてましたからね、ロズっていうギルドの人とラビさんがここで十時に待ち合わせするって」


 その名前が出たとき心臓がずきりと痛み、アミュレに小声で耳打ちする。

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