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危機感が、明確な刃となって心臓を貫いた。
そのまま死んでしまうのではないかと思うほどの息苦しさが襲いかかってきたが、ここで言葉をつぐめば、本当に終わるという直感がきた。
「俺も、ジャスたちと同じか」
「違う……違うが、人間だ」
「リズレッドは俺との旅で、人の違う一面を見たんだろう。だったら、それを信じて欲しい」
「……ラビ」
「俺はリズレッドとパーティを解消するつもりなんてない。リズレッドは俺の師匠で、バディだ」
「……」
リズレッドは応えず、ただ真正面から俺の視線を受け止めていた。
ふいに、冷たい瞳をしていた彼女の表情に熱が込められた。
「わかってくれ。私は君まで憎みたくないんだ。人間というだけで、これまで一緒に旅をしてきたラビにまで、こんな気持ちを抱きたくはないんだ」
懺悔のような吐露だった。
いまはない祖国の仲間を、あんな姿にされて怒りを覚えない者なんていない。この天まで吹き上がるような炎は、彼女の激情そのものだ。
この全てを燃やし尽くす怒りが俺へと向かないように、リズレッドはいま懸命に耐えている。
「おいおい、人のねぐらになんてことをしてくれたんだ、子猫ちゃん」
そのとき、捲き上る煙の向こうから声が聞こえた。
煙幕をヴェールにして、人影がふたつ揺れている。
片方の人影はもう片方の人影よりも遥かに大きく、そしてどちらにも見覚えがあった。
「ひどいや……人の家をこんなにするなんて」
巨大な影が、まるで子供のような口調で言った。
俺もリズレッドも、煙が晴れるまでもなく、そのふたりが誰なのかわかっていた。
「ジャス……パイル……」
海風が吹き、煙が晴れた。
そこにはまさしく、いま燃え尽きようとしている要塞の主が立っていた。
「仕事に勤しんで戻ってきたらこれとは、一体どういうつもりだエルフ」
芝居がかった身振りだった。こうなることは最初からわかっていた、とでも言うような。
リズレッドの気配が火薬に引火した爆発物のように弾けた。気づけばものすごい勢いで、彼へと飛びかかっていた。
「貴様……! 貴様、よくもそんな口を……!」
腹の底から吐き出すような恨み節で、跳躍と共に抜剣。
そのとき、問答無用で両断せんと迫る彼女とジャスの直線上に影が現れた。
パイルの巨体が壁となり、リズレッドの攻撃を防いでいた。
鋼鉄が打ち付けられる音が周囲に響く。彼の装備した手甲が、リズレッドの鋭利な白剣の一撃を弾いたのだ。
その手甲の大きさたるや、当人の巨躯にともなって、もはや甲冑だった。
拳を覆うように纏われたそれは、防具というよりも相手を振り下ろす凶器の鉄塊と言える代物。
だが、
「邪魔を――するなッ」
白剣から炎が吹き上がった。
俺へと伝授してくれた、本家本元の灼炎剣だ。
けれどどこか様子が違う。いつも彼女が見せてくれた、赤く燃えるそれとは違い、
「白い……灼炎剣」
思わず口から溢れた。
彼女の展開した炎は、煌々と白く輝いていた。
同じ灼炎剣でも、熟練度が違えば様相も変わる。そして無論、その威力も。
「ぐゥ……っ!」
自慢の手甲が飴細工のように熔断され、パイルがくぐもった声を発した。
リズレッドの剣が、装甲ごと彼の拳をも切り落としたのだ。
「どうした、こんなものか。こんな程度でお前は……私の同胞を、あんな姿にしたのか」
パイルから血は流れなかった。攻撃とともに超高温で皮膚を溶かす彼女の剣によって、切断面が瞬時に塞がれるのだ。
それはまるで、血を流すことも許さないという彼女の激昂だった。人間らしい所作など、一切許さないというような。
「よく言う、その同胞を殺したのは、誰でもないお前だろう? 今回だけじゃない。お前が何人同族を殺したか、覚えているか?」
「……ッツ!」
盾をなって文字通り身を削るパイルの後ろで、涼しい顔でジャスが告げた。
リズレッドの怒気が、もはや肌で感じられるほど激しいものとなって吹き上がった。
そしてそれこそが、こいつらの狙いだったのだということも。
「貴様ぁあああアアアーーッッ!!」
「待て、リズ――」
静止の声を聞かず、リズレッドは盾のパイルを足蹴にすると、そのまま跳躍した。狙いは無論ジャスで、白熱した剣でそのまま両断せんと腕を大きく振りかぶっている。
隙が大きすぎる。冷静な彼女であれば、間違いなくやらない一手だ。
本来、どんなに我を忘れようとリズレッドとジャスたちの間には、大きなレベル差があった。
先日のパイルとの手合わせで、こいつらのおおよその力量はわかっている。おそらく30から40。並みの冒険者とは一線を画す実力だが、彼女に叶うというほどではない。
けれど、手合わせをしたからこそわかる。
こいつらは、レベルという差を絡め手で埋めるのだ。必ず自分たちが勝つように、用意周到に準備をしてから行動を起こす。であれば、この事態も奴らの計算の内ということになる。
「リズレッド!」
力づくでもいい。いまは彼女の暴走を止めるのが先だ。そう思い駆け出そうとしたとき、またもや巨体が壁となって進路を塞いだ。
「おおっと。仕事の邪魔はしちゃだめだよ」
自分の拳が半分焼き切られているというのに、パイルはただ忠実に頭目の命令に従っていた。それどころか、面白い遊びを行なっている子供のように無邪気な笑みすら見せている。
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