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アミュレはその状況に苦い顔を作った。まだ少女である彼女には理屈はわかっていても、それを良しと受け入れるには、まだ年月が足りなかった。
だがそんな彼女に、リズレッドが語りかける。
「そう落ち込んだ顔をするな、アミュレ」
「リズレッドさん……でも……」
「まずは本陣であるこの都市の足並みを揃えなくては、明日起こるかもしれない戦闘で生き抜けない。これは私たちの生存率を上げることにも繋がるんだ。それに無罪放免であそこから解き放たれても、憎しみに燃えた誰かが、宿まで迫って火を付けないとも限らない。そうなっては、黄金の箒の親父さんに何を言われるかわからない。それこそ、一生あそこでタダ働きさせられるというものだ」
それだけは勘弁して欲しいというようにリズレッドは苦笑して見せ、アミュレもそれに釣られて笑った。
マナは一連の騒動をラビに報告するために、中央領に着いたら一度ログアウトしたいとフランキスカに申し出たが、却下された。
「監視下に置かれるということは、全ての自由が制限されるということだ。捕まえておいて易々と向こうの世界への帰還を許しては、私の面子がないだろう」
「えーっ、いいじゃないですかー! 私たち、こっちの世界でなにか食べてもお腹膨らまないんですよ? いいんですか、餓死しちゃっても?」
「そうなる前に、警告が発せられて強制送還されるのだろう。それくらいの情報は、仕入れ済みだ」
マナが唇を尖らせて抗議の様相をありありと示した。
その様子がいまの場面とはあまりにも不釣り合いで、リズレッドの口の端が思わず緩んだ。
彼女には周りの空気を緩めさせる独特の才能があった。
エレファンティネもそうだが、彼はあくまで城塞都市兵士長として軸足を置いているのに対し、彼女はまるで舞い飛ぶ蝶のようにひらひらと主体を持たない。
しかしこの緊縛めいた状況のなかでは、それが一種の清涼剤のように作用していた。
なにせ、リズレッドを縛るフランキスカとバッハルードとて、本来ならばこのような措置は取りたくはないのだ。他者に無理やりな罪を下して不自由を与える行為は、過去に自分たちがグラヒエロから受けてきた境遇と重なり、心を重くさせる。
そのような状況で、捕らえられた側がこうもあけすけに楽観的だと、彼らの肩の荷も軽くなるのだ。
マナが緩和する空気のなかで、リズレッドはそれに助けられながらも、一方では思案を巡らせていた。
脳裏に浮かぶのは、争いの場にいた一人の男。
お互いの陣営に憎悪が向け合われるように合いの手を入れていた、あの小太りの男のことだった。あれは本当に偶然なのか。それとも――。
各地で火の手が上がる混乱極める城塞都市のなかで、何者かの存在を感じながら、彼女は大男の二人とともに、中央領へと続く街路時を進んだ。
そして、その光景をほど近い路地の影から見据える、一人の男の姿があった。
緑の髪を掻き上げながら黙り込んでそれを見つめる、ノートン・ライアスの姿が。
《ウィスフェンド・中央領》
中央十字路から少し歩いた先に、城塞都市の政治を司る人間が使用する官邸が、まるで王城のようにそびえていた。無論、エルダー神国のそれと比べれば見劣りはするが、一地域を管轄しているだけの領主が所有している建造物としては、目を見張るものがあった。
都市の運営を行う拠点というのは、構造と意匠、どちらも十分に満たすよう設計されるものだが、ここは違った。煌びやかなあしらいや、目を引く精巧な石細工などは見当たらず、ただ堂々と佇んでいることだけが美徳であると言わんばかりの飾り気のなさだった。
優雅さを表すための曲線が入った壁や屋根などは見受けられず、全てが直角で整形された『要塞』とも表現できるような見た目である。唯一の飾り気は、屋上から垂れ下がった三つ星の紋章が入った旗だけだ。
マナが興味津々で指差しながら三つ星の意味を問うと、バッハルードが、かつてこの地を総べていた蛮族の首領の家紋であると答えた。何千年も前に途絶えてしまった長の家だが、ドルイドが蛮族とともに歩むと決めた際に、先人としてこの荒地に根ざしていた彼らに敬意を評して、ウィスフェンドの領章としたのだと。マナはそれを、まるで一生忘れないよう刻みつけるように、真剣な眼差しで訊いては、ふんふんと首を縦に振っていた。
「マナは、この世界の歴史に興味があるのか?」
リズレッドがふいに訊いた。黄金の箒でも、初めて入った際にロビーにある物を片っ端から見て回っていたのを覚えていたのだ。
「うん。この世界にあるものは、できるだけ記憶したいんだ」
マナは珍しく、真面目な声でそう応えた。いつもの人を煙に巻く態度ではなく、なにか彼女自身の根底に触れているような面持ちに、リズレッドは一瞬だけ戸惑った。
「この騒動がひと段落したら、他の地域も見て回るといい。希望があれば私も協力しよう。もっとも、私もエルダー内からあまり出たことがないから、知識を教えるくらいしかできないがな」
「わっ、本当? いやいや、それは助かるよー!」
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