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「……これが、あなたの真の姿……というわけですか」


 あの人の良い青年がこれを見たら、果たしてなんと言うか。

 鏡花は内心そんなことを考えつつも後ろに手をやり、召喚者全員に支給されたバッグから予備の武器を取り出した。今度は日本刀のよりな反りはなく、直刀の西洋剣だ。

 値の張る刀をそう何振りも持つことなど、いまの鏡花にはできない。しかも先ほど簡単に溶断された刀は、妹の弔花と一ヶ月、ダンジョンに篭ってようやくドロップしたレアアイテムだった。


 ――全く、レベルというのはつくづく残酷だ。

 どんな努力も一級品の逸品も、大きく開いたその差の前には無力だ。


 だが、そんなことはわかっていた。

 わかっているからこそ、彼女はレオナスとこの最下層で行動を共にしたのだ。


 最初に合流したときに彼が発した言葉は、「よう、やっと来たか」だった。

 まるで待ち合わせしていた友人とコンビニ前で邂逅したような気軽さで。


 それがあの白い髪の青年のような信頼から来るものではなく、別段いてもいなくてもどちらでもいいという、突き放した心境から来る態度なのはすぐにわかった。

 同じ『腐肉食い』だとしても、そこに両者の共存などあり得ない。いままで他人を貪って生きてきた者同士だ。信じて身を任せるという行為が、言い換えれば、ただ無防備に他人に寄りかかっているだけだと断ずる者同士だ。共存などできようはずもない。


 だがレオナスも鏡花も、この迷宮内においては特例として行動を共にすることに合意した。

 理由はいわずもがな――自分に、より強力な力を備えるためだ。


 ラビを信じて己の生き方を変えようと、微かながらに変心しかかっていた鏡花の心は、あのとき自分ではなくアミュレを助けようと動いた彼の行動で終わった。

 彼は自分を守ってくれはしない。彼が守るのは――弱い者だ。いまにも消え入りそうな、風前の灯火となった命にだけ彼は手を差し伸べる。


 では彼に守ってもらうためには、常に死にかけていないといけないということなのか?


 そんな疑問がふいに胸中に浮かんだとき、鏡花は思わず微笑った。


 そんな生き方を……選択できるはずがない。

 あの日、父の行いを知ってもどうすることもできなかった自分。しかも妹すらも巻き込み、どうすることもできずに他人の屍肉を漁る人生を強制されたあの日々を、疎ましく思わなかった時はない。


 それもこれも、幼い日の自分が弱かったゆえだ。

 弱かったからなにもできずに他人に人生を奪われて、誰かの不幸を食べて生きる日々を送るしかなかった。


 彼が――ラビが、弱い相手しか救わない英雄なのだとしたら……それは、本質的に父と変わりないではないか。

 だからこそ、


「早くなさいレオナス! こちらは長くは持ちませんわ!」


 早急に力を備える必要がある。

 レベルという理不尽なシステムこの身にふりかかるなら、違うシステムでそれを覆すまで。


 儀式は一度発動が終われば次にクールタイムまでには二十年を必要とするが、発動中は複数人がその恩恵を受けることができる。

 発動時間は約五分。まずは先行をレオナスに譲り、相対するラビたちを鏡花とミノタウロスが迎撃する。そして彼の儀式を受け次第、スイッチして鏡花が祭壇に上がる。

 それがここまでの道中で彼女たちが立てた策だった。


「そうはさせないよ、鏡花」


 小さく鋭い声が響く。

 豪華の剣を宙空へと掲げ、追加の二刀目を放つ態勢をとるリズレッド。

 業物の刀すら一瞬で溶断せしめる威力のスキルを纏った白剣だ。一撃でも入れば、即座に彼女のHPバーは底をつく。

 だが。


「やはり……動きは鈍いっていますわね」


 弔花の生成した行動力抑止のアイテムが効いており、動きにキレがない。

 恐怖心が時間の経過と共に慣れてきた鏡花に、その一太刀はなんとか見切ることができた。

 しかし束の間に白剣へと視線を向けていた視界が、突然起きた衝撃感と共にぶれた。


「――っ!?」


 痛みを感じない鏡花には、それが何なのか咄嗟には判断できなかった。

 ただ自分の態勢がくの字に折れて、後方へと吹き飛ばされたとだけしか。

 地面へと強かに打ち付けられながら、ようやく彼女は自分の腹部に攻撃を加えられたのだと理解できた。


 生者が否応無く反応してしまう業火を囮として、注意が横へずれた隙をついて蹴りを繰り出したのだ。

 転がって上下左右にでたらめに視界が跳ねる中でなんとか確認すれば、砕けたライトアーマーを纏った騎士が、自身の腹部へと食らわせた脚撃の体勢が見て取れた。


 HPのバーが致命傷ではないにせよ大きく減少した。

 鏡花は心のなかで毒づいた。ひどいクソゲーですわ、と。


 バランス調整もなにもあったものではない。

 現段階では絶対に勝てない相手に対して時間稼ぎを行わなければいけないという難度の高さを、今更になって再確認した。


 習得しているスキルに差があり。レベルそのものは天と地であり。それに加えて――生死をかけた実戦経験の差が、それこそ痛みを感じることもなく、ゆえに命の危険が現段階でも発生しない彼女の騎士では未だゼロと多数だった。


 普段の彼女なら絶対に冒さないミスだった。冷静に考えれば、行動力を多少抑制した程度でこれほどの相手をひとりで相手取るなど一笑に伏すクエストだ。

 後ろに控えるミノタウロスは、神から強制された役割ロールに縛られてリズレッドとは戦えない。

 まだ儀式が始まってすらいないというのに、この劣勢だ。

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