37

(……違う)


 だがそれは行き場のない怒りを、都合の良い相手に叩きつけているだけだった。この世界で起こる不幸すべてを神が救っていては、なにも解決しない。

 俺がいますべきことは、見当違いの感情を女神様に向けるのではなく、自分の力でシャナをどう助けるかを考えることだった。


(考えろ。思考を止めるな。諦めるな。できると信じろ。)


 絶望を棚上げして解決方法を模索した。

 そもそもゾンビ化というのは何故起きるのだろうか。ゾンビに噛まれて、ウィルスが体に侵入し、脳や体に変化が起こるからだ。ネイティブたちにこの理屈が完全に適用されるかはわからないが、おおよその所は同じだろう。

 だとすれば、噛まれた部分を切り離せばどうだろう? それを行うには、感染してからどれだけ時間経過したかが重要だった。


「シャナさん!」


 俺は声を張り上げた。


「ゾンビに噛まれて、どれくらい時間が経ちましたか?」

「……それが……なにか……」

「いいから!」


 体内のウィルスが問題の根源であることに思い至らず、噛まれたら部位を取り除くという発想が浮かばないようだった。

 この世界の住人は、回復魔法や回復薬が存在する影響で、医学が進んでいないのかもしれない。今の彼女の反応で、その確信が高まった。

 シャナは困惑したあと、訝しげに応えた。


「メルキオールを逃がした少し前だから……まだそんなに時間はたっていないわ……」

「……よし」


 俺はそれに強く頷いた。


「……あなたを救う方法が、わかりました」

「……」

「だからまずは、ナイフを捨てて、窓から離れてくれませんか?」


 なるべく落ち着いた口調で話した。少しでも刺激したら、そのまま後ろに倒れ、遥か眼下まで落ちていってしまいそうな気がした。

 シャナはそんな俺を見て、目を細めながら言った。


「……あなたは、とても優しい人間なのね」

「それ、リズレッドにも言われたよ」

「ふふ、リズは人一倍、人間が嫌いだもの。……だから、彼女が人間と一緒に行動をしているのを見て、驚いたわ」

「リズレッドは俺の大切な人です」


 その言葉にリズレッドが目を丸くして真っ赤になった。なにやら抗議の声を上げて怒鳴る彼女を見て、シャナがくすくすと笑う。そして、


「……わかったわ」


 そう言ってナイフを捨てると、一歩一歩、俺のもとへ足を運んでくれた。

 だが緊張の糸が切れたのか、体力の限界だったのか、近寄った途端にがくりと力なく倒れてしまい、俺はそれを寸前のところでキャッチした。


「シャナ!」

「大丈夫、気を失っているだけだ」


 俺は彼女を抱きかかえると、そのまま藁のベッドに再び寝かせた。気を失ってくれたことは好都合だった。意識があるうちにこれから行おうとしていることを実行するのは、かなり難儀なことだったからだ。


「……これから、この子の右腕を切断する」

「……な!?」


 リズレッドは凝然となって俺を見た。怒号が飛んでくるかと思ったが、彼女はただじっと俺を見据えている。メルキオールもその言葉を聞いて、恐怖で顔をひきつらせてしまった。

 俺はできるだけ二人の理解を得ようと、メルキオールの頭を撫でながら説明した。

 だが、やはりネイティブに、問題となる部位を早期に取り除いて被害を防ぐという発想はないようで、かなり掻い摘んだものとなってしまった。


「……ゾンビのウィルスは、まだシャナの体中に回ったわけじゃない。きちんと言葉を話せていることがその証明だ。今なら噛まれた右腕を切り離せば、助かる可能性がある」

「……ウィルス……というのがよくわからないが……」

「リズレッド、俺を信じてくれ」

「……わかった」

「ありがとう。それで質問なんだけど、ここで腕を切り離したあと、またもとに戻すことは可能か? 例えば回復魔法やポーションを使えば、失ったHPと共に、体の欠損も治るとか?」

「……残念だが、回復魔法はあくまでも生命力を回復させる力しかない。失った部位を再生するには、蘇生魔法に準ずるスキルが必要だ」

「この世界に蘇生魔法が存在するのか?」

「ああ。だが無論、制約はある。死んでから一分間の間に使わなければ、効果は発揮されない。それにそもそも蘇生魔法を仕える魔導士は、この世界に数人しか存在しない」

「……じゃあ」

「……ああ、シャナの腕を切り落とすことは、今ここで彼女の一部を永遠に失わせることと等しい」

「……シャナに恨まれるかもな……」

「……それは……なんとも言えないな」

「……」


 悩んでる時間はなかった。

 俺は倉庫の外を確認し、ゾンビがいないことを確認すると、一旦メルキオールを外で待機させた。

 三人となった暗い部屋を、独特の緊張が支配した。眠るシャナはリズレッドとは違うベクトルの美しさを持っており、今から自分がこの子を斬るということに、潜在的な逃避なのか、実感が湧かなかった。

 自分がやると言いかけるリズレッドを静止して、俺は《ナイトレイダー》を抜く。シャナのナイフで行う方が確実な気もしたが、切れ味に疑問があったし、最大の力で一瞬で終わらせるには、ここまで共に戦ってきたこの剣が、一番信用できた。何度か素振りをして、自分の狙いの精度を確かめる。横に置かれていた樽に三刀切り付け、見定めていた位置に、同じ数だけ斬撃が入るのを確認する。

 シャナを壁にもたれかけさせ、息を整える。先ほどまでではないが、手に汗が滲んでいるのがわかり、ローブでぬぐった。痛みは一瞬で終わらせる。俺が切り離したあと、バッグに入れておいたポーションをあるだけ使い、痛みを打ち消す算段だ。気を失っているので直接飲ませることはできないが、体に直接ふりかけるだけでも、それなりの効果はあるらしい。

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