25

「……アミュレ……」

「涙を流しながら懇願する彼女にナイフを握ってゆっくりと近づいて、私は……私は……」

「……アミュレ、そこから先は、話さなくていい」


 震える彼女の肩に手を置き、呼吸を整えるように促す。

 つかの間、沈黙が流れるが「ありがとうございます」と礼を言うと、アミュレは再び過去を語った。


「……私が正気に戻ったのは、その子の体にナイフを突き入れたあとでした。いままで何百と殺した小動物のときには感じなかった、骨を砕いて、臓器を破る感覚が、刃を通して私の手に伝わったきたんです。……私はそのとき久しぶりに、命を奪う怖さを思い出しました。でももう遅かった。彼女の白い肌から、赤い血が流れて、突き刺したナイフの傷口からも、止まることなく鮮血が吹き出していました。……気づけば叫び声を上げて、涙が流れてました。自分がこんなものを流すなんて、思いもしなかったです。……私は罰が欲しくて、彼女のさるぐつわを解きました。恨みのこもった言葉が欲しかったんです。それで少しでも、自分の心を紛らわせたかった。……でも彼女は、なんて言ったと思いますか?」

「……」

「『怖い思いさせてごめんね』です。自分が死ぬ前でさえ、彼女は殺した張本人の学友を気遣ったんです。頭がおかしくなりそうでした。……いえ、おかしくなっていた頭が、そこで正常に戻ったんだと思います。私は何度も何度も謝罪の言葉を繰り返しました。でも流れる血も、冷えていく体も、なにも変えることはできませんでした。彼女自身も魔封のアイテムをつけられていて、ヒールすら使える状況じゃなかった。……そして、最後に命が消える直前に、彼女は精いっぱい笑いながら言ったんです。『アミュレちゃんの役に立てて嬉しい』って。それを最後の言葉にして、彼女はこの世を去りました」


 呵責を込めた声音で自分の過去を打ち明けた彼女は、そこで一息つくと、繕ったぎこちない笑みを浮かべて「私って最低ですよね」と言った。


 俺はそれに対して、どう答えるのが正解かわからなかった。彼女の境遇を考えれば、その行動は仕方のないもののようにも思える。育ったコミュニティが他と常軌を逸した規律を定めていたとしても、幼い時分のこの子に、一体どのような選択が残されていただろうか。周りに依存しなければ生きていけないアミュレに、大人たちと真っ向から対立した生き方を示す力など、あるはずもない。


 だが、だからと言って『アミュレは悪くない』という気休めの言葉を投げたとしてしても、彼女の罪の意識は根底に残り続けるだろう。

 俺は少しの沈黙のあと、彼女の独白じみた問いに応えた。


「……だから旅をしてたんだろ」

「……はい」


 消えない罪を背負ってしまったとき、人は贖罪の道を求めて旅に出る。俺がこの少女にかけられる言葉は、慰めでも気休めでもなく、その旅の先になにを求めているのかを訊くことだと思った。


「……過酷な旅の中で、なにを探しているんだ?」

「……そこまで、お察しされてましたか」

「買いかぶりすぎだよ。さっきアミュレがヒーラーにこだわっていたのを聞いたから、そこから推測できただけだ」

「……あはは、かないませんねラビさんには。……はい、そうです。私はその後にアカデミー自体は卒業しましたが、霊都で死霊術師の道を歩む気にはなれませんでした。ですが遅かれ早かれ、死霊術師を神託されるでしょう。それくらいのことを、してしまいましたから……」

「……じゃあ、やっぱり」

「……ええ。私が殺した彼女のあとを継ぐ……だなんて、虫の良い話かもしれませんが、誰かの役に立つことを夢見てた僧侶のあの子に少しでも報いたいと思って、私は旅をしているんです。過ちを犯して、死霊を神託されるであろう盗賊の私が、ヒーラーとして活動したいなんて、笑っちゃいますよね」

「……でも、そのおかげで俺はゴーレムの傷を癒してもらえた」

「……あの《ヒールライト》は、彼女からスティールしたスキルなんです」

「スティール?」

「盗賊を神託されたネイティブに稀に発現するユニークスキルに《ソウルスティール》というものがあります。殺した相手のスキルを、一定の発動条件のもとで奪うことができるというものです。そして私の《ソウルスティール》の発動条件は、殺す直前まで相手に心から慕われていること」

「……そんなの、ほぼ不可能じゃ」

「そうですね、誰だって自分を殺した相手を最後まで慕うなんて、できることじゃありません。……でも、だからこそ、癒術を託してくれた……天国にいるであろう彼女に、自分のスキルで人が幸せになるところを見せてあげたいんです。……ですがそれを行うのは、生易しいことではありませんでした。先ほどラビさんが言っていた通り、パーティに加入するには職を申告するのが最低条件のところも少なくないですし、そうなると盗賊の私なんて、お呼びじゃありませんから」

「でも、《ヒールライト》を使えるヒーラーは少ないだろ? 俺が過去に一緒に戦った僧侶は、全員ヒールまでしか使えなかった」

「……盗賊に後ろを任せる人なんて、いないですよ。それに私の癒術は彼女から受け取ったものが全てで、今後も増えません」

「……いままで、過去を話したパーティが他にも?」

「……一組だけ。その話をした途端、悪魔呼ばわりされて、危うく殺されかけましたけど」

「……」

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