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その後は生きるために冒険者に身を落とし、か細い生計を立てる日々が続いた。幼少の頃から続けていた特訓と、戦いの才能が彼を助けた。そして二十歳の頃に念願の上級職である魔法剣士を神託する。それは全てを失ったノートンの唯一のプライドの拠り所となったが、それが原因で彼の凶性はさらに加速した。


 そして冒険者として一定の名声を獲た今、彼が望むことはひとつ。ドルイド派の復権だ。そのためには使うものなら何でも使う。昨日のギルドで自分に刃向かった白髪の男を罠に嵌めるため、先んじてロックイーターの存在をこの目で確かめようと調査していたところを、偶然街の兵士たちが通りかかったのは幸運だった。


 五十年前に愛するウィスフェンドを窮地に陥れた魔物に、自分を貶めた罪人を裁かせる。まさに神の導きだと思った。ノートンは兵士とロックイーターがもっとも接近したタイミングで遠隔魔法を放ち、敵の意識を彼らに向けさせた。そして始まったのが、いまの惨劇である。


 同じようにロックイーターのいる場所に兵士たちを誘導して死傷者の数を増やせば、やがて領民からは不満の声が上がる。それが続けば、今は領主として君臨しているフランキスを、その座から追い落とすことも可能だろう。


「ああああ! たすけ……助けてくれええええぇぇ!!!!」

「ぎゃあああぁぁぁぁッ!!!!」


 次々と聞こえてくる悲鳴に、彼は竜蟲へ感謝の念すら抱く気持ちだった。


「長年、要塞都市を守ってきてやったというのに、少しばかり遊びが過ぎたというだけで格式ある純潔種を汚した愚民ども。その命をもって我が復権の礎となるが良い」


 もはや隠れることもせず、指揮を執るように手を大きく広げるて優越感に浸る。だがそのとき、一筋の光が戦場を走った。



  ◇



 火炎の渦中を視認できる位置まできたとき、俺はそこに地獄を見た。大きなワームの魔物が唸りを上げて人間を襲っていた。十分に距離は取って岩陰に身を隠していたので奴に気づかれることはないが、それでも心臓が早鐘を打って危険を伝える。


 カラスが漁ったあとのゴミ捨て場のように、人間だったであろう残骸が、無作為に打ち捨てられている。その中心の魔物は間違いなく、昨日の依頼者に描かれていた俺の標的――ロックイーター――だ。


 人のような臼歯を生やしたそいつはニタニタ笑いながら、生き残った兵士たちと戯れるように尾で弾いては、動かなくなった相手を口に運んでいる。鉄製の鎧が鈍い音を立てながら形を変形させていく。その金属音の中から、距離が遠くて聞こえないはずの別の音が混じって聞こえた。骨を砕き、肉を咀嚼する異音だ。


 残った兵士はたったの三人。だが遠目からでもわかる程に傷は深く、腕が本来曲がらない方向へ折れてしまっている者もいた。あの様子では奴の胃袋に入るのに、そう時間はかからないだろう。


「……助けなきゃ」


 後ろにいる少女が呟いた。振り向くと、彼女は悲壮な表情を浮かべ、死にかけた彼らを援護するべくヒールを放とうとしていた。咄嗟にそれを静止する。


「おちつけアミュレ、この距離からじゃヒールは当たらない」


 その言葉にはっと我に返ったように目を見開くと、謝罪の言葉が返ってきた。


「……ごめんなさい、私……でも……」

「……わかってる。助けたいのは俺も一緒だ。でもロックイーターをどうにかしないと、ヒールを当てれたとしてもその場しのぎにしかならない。そうだろ?」

「……はい」


 過去のトラウマが脳裏に蘇っているのか、彼女は泣きそうな瞳で体を震わせていた。一心から彼らを助けたいという気持ちが溢れ出していた。


 俺は選択を迫られていた。


 ロックイーターは強い。明らかにレベルが上の兵士たちが、何もできずに無残に殺されている状況から見ても、まともにやりあって勝てる相手ではない。戦うか逃げるか、二つの道が俺を中心にして前後に伸びていた。戦うならば前進、逃げるなら後退――。


 だが後ろには涙を浮かべたアミュレが必死な瞳で、すがるように俺を見上げていた。


「――。」


 きっとこの少女が旅を続ける限り、このような場面は幾度となく立ち会うことになるのだろう。自分の無力さを噛み締めながら、手遅れになった人たちを思って涙する。そんな自責に押しつぶされそうな場面が。一介の僧侶ならば割り切れるかもしれない。だがアミュレは自分の犯した罪を償うために、人を助ける道を選んだ。他人への救済が自己の救済にも繋がっているのだ。だから何もできずに人を見殺しにすることは、彼女の心も殺すことにも繋がるのだろう。


「――アミュレ、後方でヒールを頼む」

「え?」

「ああ、あとリフレクトシールドをお願いしたい」

「ラビさん、じゃあ――」

「うん。まあ、こうのはもう何度も経験したし、いい加減慣れっこさ」

「……死ぬかもしれないんですよ?」

「かもな。だから危ないと思ったら、アミュレは即座に逃げてくれ。大丈夫、俺は無限の命を持ってるんだ。万一のことなんて起こらない」

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