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 アミュレが何を言わんとしているか察して許可を出すと、彼女はぱっと笑みを浮かべて、その冒険者のもとへ駆けて行った。そして手を取ると、翠の光が彼を包む。みるみる彼の傷が癒えていくのが遠目から確認できた。声は聞こえないが、突如舞い降りた癒しの御子に、男は感謝を述べているようだ。そしてそれを受ける少女は、本当に嬉しそうに笑っていた。


 俺はその光景を見て、アミュレも本当は心の優しい子なのだろうと思った。死霊の洗脳教育さえ受けていなければ、もしかしたら亡き友人と同じように僧侶を神託されていたかもしれない。彼女を信頼して死んだというその子も、もしかしたらそれをわかっていたから、己の癒しの術を託したのではないだろうか。


 この世界の神託システムは諸刃の奇跡だ。一見、自分の長所を汲み取り、それを助長する力を与えてくれる神の祝福とも取れるが、悪意のある者に利用されれば、アミュレのように簡単に人生を狂わされてしまう。……いや、死霊の街の人々は、悪意とすら思っていないのだろう。自分たちが正しいと真に思っているからこそ、幼い子供を洗脳して、ねじ曲がった職を神託させてしまえるのだ。


 我が子の将来を決めたがる親はどこの世界にも一定しているが、平均して十二歳で己の生き方がほぼ固定されるここで、彼女に示された道はあまりに悲しい。あの感謝を受けて微笑む笑顔の裏で、同じくらい過去の自分への怒りと憤りを感じているのだろうことは、この短い付き合いでも感じ取ることができた。


 ほどなくしてヒールを施された相手は感謝し、頭を下げて去っていった。

 俺のもとへ戻ってきた彼女に労を労いつつ、訊いた。


「今までの旅でもああいう風に出会い頭にヒールをかけてたのか?」

「ん? そうですねー、MPに余裕があるときはなるべくそうしてました。私の目的はみなさんの癒しになることですし、この力も、きっとそれを望んでいますから」

「……あの様子なら、頼めばパーティにも入れてくれそうなんだけどな」


 誇張ではなく本心からの言葉だった。あれほど感謝してくれるなら、例え本職が盗賊であろうと、パーティを所望する相手はいるのではないだろうか。だがアミュレはそれを聞くと、ただ笑って応えた。


「あはは! それは無理ですよ。無償の施しだから感謝してくれるのであって、生死を共にできるかと言われれば話は別です。あちらだって命のかかった冒険をしてるんですから」

「……そうか……」


 あくまでも明るく答える彼女だが、その言葉の裏には、きっと何度もパーティ加入を申し出て、同じ数だけ断られてきたのだろう苦労が滲んでいた。気さくな振る舞いは過去の自分への反抗で、辛い今への対抗なのだろう。この幼い少女が背負うものとしては、言うまでもなく重すぎた。すると彼女は「あ」という声とともに、思い出したという様子で言葉を続けた。


「……でも何人かは、強烈にスカウトしてくれる人もいましたねー」

「! そうか! やっぱりアミュレの人柄に打たれて、誘ってくれる人たちが……」

「みなさん鼻息荒く私の手を引っ張って、強引に馬車に乗せようとされました」

「逃げて!! そいつらモンスターだから!!」

「? モンスターが人に化けるのは時々耳にしますが、そういう感じではなかったですよ?」

「いいから! そこボケなくていいから! それで、そのあとはどうなったんだよ!?」

「はあ……さすがにお金の交渉などもなしにパーティを組むのは不安だったので、隙をついて逃げちゃいましたねー」


 ……危ない。

 この子、自分の過去が壮絶なあまり、少し位の害意では感知できなくなっているのではないだろうか。もしくは、救済の心が強すぎて、悪人すら無意識のうちに救おうとしてしまうのか……。どちらにしても、今後はその行動は改めるべきだと、折を見て説明するべきだろう。

 アミュレは見た目は十二歳ほどの少女だが、目鼻が整っており、寒い地域で育ったせいか肌も雪のように白い。好色家が見れば、確かに道を間違えそうな魅力を持っているのは確かだ。


 そんなこと一幕がありながらも、俺たちはそのまま狩りを続けた。気づけば夕暮れ時となり、太陽がいまにも地平線の向こうに沈んでしまいそうだった。荒野の夜は目印が乏しく迷いやすい。パーティとしての連携は上々の成果を上げられたので、そろそろ帰路に着くのが得策だろう。


 いよいよ明日からは本格的に動き出す必要がある。なんたってお金がもう乏しいからだ。だがウィスフェンドの住人を何人も葬った過去を持つロックイーターに対して、俺ができることは少ない。まずは初手で《罪滅ボシ》を確実に当てることが必須条件だ。ドラウグルのときのように効果が薄くても、HPの大部分を削れれば、そこから新たな勝機が生まれるだろう。そこで問題になるのは標的を見つけたあとに、どうすれば気づかれないように一撃を加えられるかである。

 俺は腕を組んで考えると、アミュレに対して質問をした。

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