第二百九十一話 必死の帰還


「いやー、すげぇな! 圧勝すぎてビックリしたわ」

「本当っすね。恰好良いとこ見せれると思ったんすけど、俺なんか何もしないまま終わっちゃいましたよ」

「冷静に考えりゃ、三人でここまで攻略してきたんだもんな。手伝いを申し出たのは余計なお世話だったかね」


 仮面の女王が灰となって霧散し、フロア内のミイラも全て朽ちていった。

 フロアに散らばるドロップ品を回収している中、ゲルトさんとデビットさんのそんな会話が耳に入ってきたため、俺は慌てて会話に割り込んで訂正に入る。


「そんなことないです! 実際に俺はここで深手を負わされた訳ですし、犬型ミイラと熊型ミイラをまた一人で対処しなければならないって状況でしたら、また大怪我を負っていました」

「かっはっは。その状況がかなりやべぇんだけどな。まあ、俺達が手伝って助かったって言ってくれるなら良かったわ」

「はい。本当に助かりました! ありがとうございました!」


 両手にドロップ品を抱えたまま、深々と頭を下げる。

 ゲルトさんが助けてくれなければ、セーフエリアで動けない状態のまま物資が底をついていただろうし、そうじゃなくても万全ではない状態で帰還を目指し、死んでいた可能性が非常に高い。

 二人は謙遜しているけど、本当に助けられた。


「それじゃ、俺達はここで戻らさせてもらうぜ。色々と新鮮な話が聞けて楽しかったよ。またランダウストの街で会った時はよろしくな」

「はい。ゲルトさん、本当にありがとうございました! この恩はいつか必ず……」


 俺はそこまで言いかけて、先日ゲルトさんから言われた言葉を思い出す。


「ダンジョンで困っている人を見かけた時、その人に返させてもらいます!」

「かっはっは! 是非、そうしてくれや。それじゃまたな! ちゃんと生きて帰れよ」


 片手を上げると、ゲルトさんとデビットさんは三十階層へと上がっていった。

 ジーニアさん同様、また良い冒険者さんとダンジョンで知り合うことが出来たな。

 ゲルトさんとした約束もあるし、俺も二人を見習ってダンジョンで困っている人を見かけたら、損得関係なしに助けていきたい。


 優しさに触れて心がほっこりし、思わず気が緩みそうになったが、ここはまだ二十九階層。

 帰還まではまだまだ長い道のりとなるため、もう一度気を引き締め、アルナさんとロザリーさんの足を引っ張らないように気合いを入れなおす。


「最大の山場は乗り越えられましたけど、ここからは厳しい環境の砂漠エリアです。気を引き締めて行きましょう!」

「ですね! またデザートビッグモールと遭遇する可能性だってありますし、気を抜かずに下りていきましょう」

「ん。……砂嵐しんどい」


 砂漠エリアという言葉で思い出したのか、苦虫を嚙み潰したような表情を見せたアルナさん。

 高気温に吹き荒れる砂嵐。

 これから五階層分はあの地形を進んで行かなきゃいけないと思うと、確かに憂鬱な気分になる。


「二十階層まで戻れば、テントに置いてきた物資もあると思いますのでゆっくり休めます。しんどいとは思いますけど頑張りましょう」

「物資、盗まれてなければいいけど」


 俺はアルナさんに励ましの言葉をかけてから、ボスフロアを後にして二十八階層へと足を踏み入れたのだった。



「――ふへー。死なずに戻ってこれた」

「慣れたはずのエレメンタルゴーレムですら大変でしたね。デザートビッグモールに遭遇しなかったのが、せめてもの救いでした」

「それよりなによりも仮面の女王じゃないですかね! もし三人で挑んでたとしたら、多分倒せていたとは思いますけど、確実に道中で力尽きてたと思います!」


 渓谷エリアを抜け、なんとか二十階層のセーフエリアまで戻ってくることが出来た俺達は、思い思いに負の感想をぶつけ合う。

 体が回復し切っていない状態の砂漠エリアは想像の倍はしんどく、俺をサポートするような形で動いていた二人もかなり疲弊している。


 砂漠エリアが若干トラウマになりつつあるが、とりあえず無事にここまで辿り着けたのは本当に良かった。

 あとは二十九階層でアルナさんがポロッと口にしていた、ここに置いていった物資が盗まれている――なんてことがなければ、残りの階層は苦労することなく帰還出来るはず。


 俺達は恐る恐る立てていたテントの場所へ向かうと、拠点にしていたテントはそのままの形で残っているのを発見。

 テント内の中の物が残っていればいいのだが……。


「おおっ! 残ってますよ! 腐っているのもありますけど、保存の効く食べ物と水は大丈夫そうです!」


 飛びつくように真っ先にテントの中に入ったロザリーさんが、顔だけテントから覗かせてテント内の情報をいち早く教えてくれた。

 物資はひとまず盗まれていないようで助かったな。


 期間を考えても、盗まれていてもおかしくないと思っていたのだが、二十階層ともなれば到達出来る冒険者の数も限られてくるため、流石に盗みを働く冒険者はいないのか。

 それにダンジョンモニターが、ここでの映像を全て映し出されているというのも大きいのかもしれない。


 ホッと胸を撫でおろしてから、とりあえず俺達はテントの中でだらけるようにくつろぐ。

 砂漠内での水分補給は全てアルカレスの実で補っていたこともあり、テント内に保管していた水を全て飲み干す勢いで、三人で胃へと流し込んでいった。


 砂漠を歩いている最中はアルカレスの実も悪くはないと思っていたが、やっぱり本物の水と比べると段違いで不味いことが分かる。

 生まれてこの方、感じることのなかった水の美味しさを堪能しつつ、俺達は二十階層のセーフエリアで、思う存分体力の回復を行ったのだった。


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