第六十四話 剥ぎ取り
アングリーウルフが死んだことを確信しても、まだ全身が微かに震えている。
この間のアングリーウルフと戦ったときよりも、今回のアングリーウルフへの恐怖心は強かった。
理由は明白で、あのアングリーウルフが明らかなる殺意を持って、俺を殺しにきていたからだ。
前回、戦ったときのアングリーウルフは、この表現が正しいのか分からないが緩かった。
格下の俺を‟敵”として認識しておらず、あくまで捕食対象としてしか見ていなかったため、燻した魔力草に身じろぎし、大きな隙が生まれたのだと思う。
ただ、今回のアングリーウルフは明確に俺を‟敵”として認識していて、殺すことを目的としていたため、魔力草の臭いがあったのにも関わらず、怯まずに襲ってきたのだろう。
「や、やったよな……?」
「う、うん。多分だけど死んだと思う」
俺が地面にぺったりと腰をついて動けずにいる中、俺よりも前方にいるバーンとライラが、互いにアングリーウルフの死亡を確認し合っている。
勝敗を決めた杖でのアッパーを決めたポルタはと言うと……横になって転がっていた。
「【ヒール】 ……ルインさん、大丈夫ですか?」
背後から駆け寄ってきたニーナが、腰を抜かして座っている俺に【ヒール】をかけてくれたあと、心配そうな声で話しかけてくれた。
強烈な恐怖心を植え付けられたものの、【鉄の歯車】さん四人のお陰で、奇跡的に身体的な損傷は一つもない。
「だ、大丈夫です。ニーナさん、【アンチヒール】ありがとうございました。あれがなかったら俺、多分死んでいました」
情けない話だが、この言葉通りだ。
俺は殺せると思って前衛に飛び出て、毒入りスライム瓶を外し、腰を抜かして倒れていただけ。
ニーナの【アンチヒール】が決まっていなかったら、俺は確実に死んでいた。
「私達はルインさんの護衛なんですから、お礼を言うのはおかしい話ですよ。本来ならば護衛対象者であるルインさんを、前衛に送らなければいけない状況を作り出してしまった、私達に落ち度があるのですから」
「そんなことないです。戦況が拮抗していたタイミングで、俺が勝手に一人で飛び出したんですから」
「いえ、拮抗していたのではなく、ジリ貧になっていただけです。ルインさんが前衛に行って、注意を逸らしてくれていなければ、確実に私達は全滅していたに違いありません」
「いやいや俺が行っていなければ、もっと楽に……」
そんな感じで俺とニーナが責任の引き受け合いをしていると、ポルタをおぶっているバーンとライラが呆れた表情で前衛から戻ってきた。
「おいおい。折角、勝ったんだし明るく行こうぜ」
「そうだよ! アングリーウルフなんてCランク級の魔物だよ!? みんな傷一つなく討伐出来たんだから褒め合おっ! ねっ?」
そう言われてしまったらここで自分が悪かったと、俺が謝るのは逆に気を遣わせてしまうことになる。
……反省は自分の中で留めておこうか。
「……そうですね。今は反省はやめて、誰一人の負傷者も出ずに討伐出来たことを喜びましょうか」
「そうそう! 完全に失敗だと思ってた護衛任務も、最後にちょっとしたお土産が出来たからね!」
「ん? お土産ですか……?」
「うん! ほらっ、あのアングリーウルフを剥ぎ取れば、魔物の素材が手に入るんだよ! 体躯が大きくないから、剥ぎ取れる部位は少ないだろうけど、Cランク級の魔物だし爪とか牙とか皮は高く売れると思う!」
ライラは嬉しそうにそう報告してくれた。
……やっぱり魔物は高く売れるのか。
前回は剥ぎ取る余裕もなかったから放置してしまったが、やはり命を奪ったからには全てを有効活用させてもらうべきだよな。
「よしっ! それじゃアングリーウルフを剥ぎ取ったら、グレゼスタの街に戻ってこのことを報告しよう!」
「賛成だな。ニーナは悪いが、剥ぎ取っている間だけポルタの面倒を見てやってくれ。例の如く、筋肉痛だと思うからヒールはいらないぞ」
「……うん、分かったよ。ポルタさんは私が見ておくね」
ポルタが寝転んでいたのは、筋肉痛だからだったのか。
あの最後の一撃は自身に【ブレイブ】を掛け、自分の肉体の許容範囲を超えた一撃だったってことなのかもしれない。
詳しい話は後でポルタに聞くとして、俺はバーンとライラの後を追って、アングリーウルフの解体に参加する。
俺を死ぬ気で殺しにきていたアングリーウルフの解体には、俺も参加しなくてはいけない気がしたからだ。
「こうして見ると……やっぱ大きくはないよな」
「そうですね。動いていたときはあれだけ大きく見えたんですけど……体格的には俺と同じくらいでしょうか」
バーンが呟いた言葉に俺は同意する。
威圧感も桁外れに凄かったからか、こうして死んでいるところを見ると、小さいと感じてしまう。
「本当に手ごわかったね! 人生で圧倒的に一番強い敵だったよ」
「俺もアンクルベアを超えて、一番手強い敵だったと思う。……改めて、アングリーウルフの群れに捕まっていなくて良かったと、今になってホッとしている」
確かに群れに捕まっていたら全滅もあり得たと、このアングリーウルフと戦って思う。
もしかしたら、暫くはコルネロ山での採取は難しいかもしれないな。
「そう言えばさぁ……ルインはなんで敬語に戻ってるの?」
ライラに言われて気づいたが、確かに敬語を使っていた。
まあ、意識的にタメ口を使っていたから、焦りで意識していなかったから敬語に戻ってしまったのだろう。
「アングリーウルフに焦って、タメ口で喋るのを忘れちゃってた」
「あははっ!変なの! まあ、喋り方なんてどっちでもいいけどさ……私はやっぱタメ口の方が嬉しいかな! よしっ、それじゃ解体始めよっか!」
こうして、三人でアングリーウルフの解体を行った。
まだ温もりのあるアングリーウルフの体を解体すると言う行為は、前回に引き続き、命を奪うと言うことの重みを実感する出来事だった。
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