第六十三話 アングリーウルフの執念
前回と同じで相手はアングリーウルフ一匹だけ。
それならば、この間使った戦法が使えるはずだ。
「バーン、ライラ。俺を前衛に行かせてくれ」
二人にそう告げて、俺は三人に並ぶように前へと出る。
一瞬、驚いたような表情を見せたバーンだったが、俺の持っている魔力草を見て、何をしようとしているのか察してくれたようだ。
さっきはこの燻した魔力草のお陰で、追っ手のアングリーウルフから逃げ切ることが出来たからな。
「ルイン、大丈夫なの?」
「ううん。多分、駄目。……だからライラとバーンには、俺のサポートについてほしいんだ」
「分かった。すぐに手助けに回れる位置には待機している」
「ライラさんとバーンさんだけでなく、僕もサポートに回れるようにしますよ」
頼もしい三人の声を聞いて、俺は更に前へと進んでから、火打ち石で魔力草の束に火を着ける。
俺が先頭に出てきたことで、一瞬笑ったような表情を見せたアングリーウルフだったが、俺の持っている魔力草から強烈な臭いを発していると気づくや否や、この間のアングリーウルフのように悲鳴に近い鳴き声を上げた。
やはり魔力草の臭いは、アングリーウルフに有効なようだ。
だが……この間と明らかに違うのは臭いに苦しみながらも、俺の方を睨みつけて、戦闘態勢を取っていること。
あわよくば前回のように、このまま魔力草を持って近づき、苦しんでいるところに毒入りスライム瓶をぶつけようと考えていたのだが……そう甘くはいかない。
「ルイン! 来るよっ!」
アングリーウルフが動き出すのを察したライラから、誰よりも早く声が飛んでくる。
そしてその声と同タイミングで、アングリーウルフが動き出した。
どぎつい臭いによって表情は歪み切っているが、視線は俺だけを見つめていて、動きを止める様子は一切ない。
時空を飛んでいるのではないかと言う速度で俺との距離を詰め、殺しに掛かってきたアングリーウルフ。
俺は燻された魔力草を目一杯突きだし、ギリギリまで引き付ける。
もう少し。あともう少しだけ引きつけてから——今だっ!
俺は避けれないであろう絶好のタイミングで、毒入りスライム瓶を投げつけたのだが、アングリーウルフは俺の行動を予期していたかのように身を屈め、
‟この場から逃げろ”
その言葉が頭の中でグルグルと連呼されているのだが、思考に体が追いつかない。
迫り来るアングリーウルフの恐怖に、俺は腰を抜かし、尻もちをついた。
なんとか魔力草だけは前へと突き出すが、アングリーウルフの動きが止まる気配は一切ない。
完全に喰われる。
迫り来るアングリーウルフの顔が鮮明に見え、大きく開けられた口に、死を感じたその瞬間。
「【アンチヒール】!」
尻もちをついた俺の頭の上、スレスレをニーナの【アンチヒール】が通過した。
緑色の魔法は俺を喰い殺そうとしていたアングリーウルフの顔面へと直撃し、そこでようやくアングリーウルフの動きが鈍くなる。
一瞬でアングリーウルフは苦しみ出し、瞳を真っ赤に充血させ、俺に噛みつこうと大きく開いた口からは、だらだらと涎が地面へと垂れている。
ふらふらと苦しそうな動きを見せているのだが、それでもアングリーウルフの足は止まらない。
一歩、そしてまた一歩と、震える足をぎこちなく前へと動かし、俺に迫ってきている。
アングリーウルフが放つ、その気迫のようなものに気圧され、全身の血の気が引いて行くのが分かった。
‟確実にお前だけは喰い殺してやる”
そう叫んだかのように、アングリーウルフは一つ大きく雄たけびを上げると、先ほどまでふらふらだったのが嘘のように、スピードを上げて突っ込んできた。
その瞬間――。
「【パワースラッシュ】」
俺のサポートへと回っていたバーンが、背後から飛び出してアングリーウルフの前胸部分を斬り裂いた。
避ける余裕すらなかったのか、それとも避ける気がなかったのか。
バーンの一撃を諸に受けたアングリーウルフから、赤い鮮血が吹き出たのだが……アングリーウルフの足はそれでもまだ止まらない。
剣を振り下ろしたバーンを置き去りにし、なりふり構わず俺へと向かってきている。
「ライラッ! ポルタッ!」
「大丈夫っ! まかせてっ! 【狼牙突】」
「僕も行きます! 【オートブレイブ】 そおおおれっ!!」
バーンから一歩遅れて飛び出たライラが、アングリーウルフの頭目掛けて、打ち下ろすようにスキルで攻撃し——そのライラから更に遅れて飛び出たポルタが、大きな杖をアングリーウルフの下顎目掛けてフルスイングした。
ポルタの強烈な一撃が完璧に決まり、アングリーウルフは宙を一回転して、地面へと倒れる。
……ただこれでも尚、動き出そうとしているアングリーウルフ。
「まだだっ、まだ死んでない! トドメを刺すぞ! ――【スラッシュ】」
まだ動こうと、ピクリと反応を見せたアングリーウルフ相手に、全力でトドメを刺しに行ったバーンの剣が心臓部に突き刺さり、そこでようやくアングリーウルフはピクリとも動かなくなった。
……まだ生きていて、油断した瞬間に動き出すのではないか。
ここにいる誰しもがそう思い、警戒するが故の静寂が流れる。
数十秒経過しても動き出さないところを見て、ようやく俺は絶命したことを確信。
安心感から、全身の強張った力が抜けたのだった。
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