第六十二話 息をもつかせぬ攻防


「コルネロ山の護衛で、アングリーウルフが襲ってくるなんて聞いてないよ!」

「ちょくちょく聞こえた鳴き声から、アングリーウルフじゃないかとは思ってたけど……本当にアングリーウルフだったとはな」

「完全に撒いたと思っていましたが、こんな入口まで追ってきていたんですね。……でも、周囲には別のアングリーウルフの気配はありません。一匹だけなら、なんとか対処できると思います」


 バーン、ポルタ、ライラが口々にそう言葉を漏らしながら、三人とも構えた。

 俺も【鉄の歯車】さん達の背後に隠れながらも、ホルダーにある毒入りスライム瓶に触れ、いつでも投げられる準備をする。


「……おかしいですね。コルネロ山ではアンクルベアとアングリーウルフが縄張り争いをしているため、頂上を縄張りにしているアングリーウルフがこんな山の麓まで追ってくる……なんてことはあり得ない話だと思うのですが。……もしかしたら、なにかしらの生態系のバランスが崩れている可能性があります」


 俺の真横で杖を構えているニーナが、ぼそりとそう言葉を漏らした。

 ……確か、【白のフェイラー】も同じことを言っていたような気がするな。

 アングリーウルフは山の頂上付近を縄張りにしているから、こんな場所にいるのはおかしい……とかなんとか。

 

 うん? アンクルベアとの縄張り争い……?

 もしかしてだけど、この間アーメッドさんが狩っていたアンクルベアが原因だったりするのか?

 ディオンさんが、アーメッドさんが狩ったアンクルベアのことを、普通の個体よりも大きな個体と言っていたことを、俺は今になって思い出した。

 

「集中しろ!来るぞっ! 俺とライラの二人で食い止める! ポルタは支援。ニーナは様子を見ながら、攻撃と回復を頼む!」


 バーンが前衛から指示を飛ばし、一直線で俺に向かってくるアングリーウルフを食い止めるように立ちはだかった。

 バーンに構わず突っ込んでくるアングリーウルフ目掛けて、剣を振り下ろしたことで戦闘が始まる。

 

「【スラッシュ】!! ポルタ、【スロウ】を頼む!」

「【スロウ】、【ブレイブ】」


 指示が出ると同時に、ポルタから黒い魔法と赤い魔法が飛び出て、黒い魔法はアングリーウルフに、赤い魔法はライラに向かって飛んでいく。

 バーンの【スラッシュ】をアングリーウルフが避けたタイミングに合わせて、ポルタから放たれた【スロウ】がアングリーウルフに直撃。

 

 完璧に魔法はアングリーウルフへと当たったのだが、ダメージを負っていないところを見ると、この【スロウ】がこの間言っていた、敵を阻害する魔法なのだろう。

 【スラッシュ】を避けられたバーンは即座に、バックステップで一歩下がり、事前に打ち合わせでもしていたような完璧なタイミングで、入れ替わりでライラが突っ込んで来ている。


「【岩砕拳】」


 四足歩行で体勢の低いアングリーウルフよりも、更に低い位置に潜り込んで攻撃を仕掛けにかかったライラ。

 完璧に胴体にライラの拳が突き刺さったと思ったのだが—―アングリーウルフのが一枚上手だった。

 ライラの攻撃を即座にジャンプし、宙へと逃げて躱すと、そのまま滑空しながら鋭い爪で切り裂きにかかった。


「【アンチヒール】」


 確実にアングリーウルフの攻撃が決まる。

 遠巻きで見ていた俺はそう思ったのだが、隣にいたニーナから【アンチヒール】が飛ぶ。

 ギュルンギュルンと回転のかかった【アンチヒール】は、物凄い速度でアングリーウルフとライラの中間地点まで飛んで行く。


 アングリーウルフは【アンチヒール】を避けるために、ライラに向かって振り下ろした切り裂き攻撃を止め、体を半捻りさせて自身の軌道を変えると、地面へと降り立ち、一度三人から距離を取った。


「ニーナ、ありがとう! 助かった!」


 アングリーウルフが離れたことで、体勢を立て直す時間の取れたライラが、バーンの位置まで戻ってニーナにお礼を告げた。


 それにしても……凄い攻防だったな。

 流れるような攻防だったが、お互い無駄がないのにも関わらず、両者が互いの息の根を止める最善の行動を取る。

 まさに息をするのも忘れてしまうような、激しい戦闘。


「おいおい……なんだこの魔物。洒落にならないぞ。【スロウ】ぶち当たったよな?」

「はい。確実に当てましたけど……動きが鈍ってる感じがしませんね。【スロウ】に対して抵抗でもあるのでしょうか」

「いや……若干だけど、動きは鈍ってたよ。ポルタの【スロウ】が当たってなかったら、【アンチヒール】が届く前に攻撃を食らっていたと思う」


 前衛の三人は即座に意見を交換し合い、現状の確認を行っている。

 ニーナは視線をアングリーウルフへと向けて警戒し、一方のアングリーウルフはと言うと——変わらずに俺のことを睨むように見つめている。

 

「……先ほどから、あのアングリーウルフ。ルインさんを見ているように感じるのですが、気のせいでしょうか」

「いや、気のせいじゃないと思う。多分だけど……俺を狙っている」


 ニーナも、アングリーウルフが俺を狙っていることに気が付いた様子。

 やっぱり確実にあのアングリーウルフは、俺を狙っているよな。

 ……もしかしてだけど、俺が討伐したアングリーウルフの家族だったりするのか?


 魔物に親や子供がいるなんて話は聞いたことがないが、あの様子を見ているとどうしても復讐をしにきているようにしか見えない。

 とすると、少しだけ申し訳ない気持ちになるが、互いに生きるために戦い……そして、俺が勝った。


 今回だってそうだ。

 俺はアーメッドさんとの約束を守るために、殺される訳にはいかない。

 覚悟を決めた俺は、腰のホルダーから魔力草と火打ち石を取り出し、動くことを決断する。


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