第百八十六話 心のモヤモヤ

※引き続き、【青の同盟】アーメッド視点となります。



 翌日。

 昨日は失態を忘れるため早くに眠ったせいか、夜中に起きてしまった。


 思えば、滅茶苦茶腹が減っていたのにもかかわらず、飯も食わずに寝てしまったし、体も色々と汚ねぇ。

 寝起き早々に不快感を覚えていると、何やら楽しそうな声が部屋の外から聞こえてきた。


 何気なく耳を澄ましてみると、その声はディオンとスマッシュの声だった。

 ディオンも珍しくかなりの酒が入っているのか、その呂律があまり回っていない楽しそうな声から察するに、ルインと一緒に飯を食っていたことが分かる。


 自分が逃げたのが悪いのだから、文句を言う資格は一切ないのだが……。

 ムカつくものはムカつくな。


 八つ当たりで今から2人が寝泊まりしている部屋に突撃し、無理やりダンジョンへと連れていってもいいが……流石に酔っている状態ではダンジョンに行けねぇな。

 俺は2人の酔いが回復しつつ、一番辛いであろう朝一で突撃しに行くことを決め、それまでに俺はダンジョンへ向かえる準備を整えようか。



 夜中から朝にかけ、体を綺麗にし腹も膨れるほど飯を食った俺は、急いで2人の部屋へと向かう。

 まずは目覚めの悪いスマッシュから叩き起こしてやる。


 俺は事前に借りておいたマスターキーで、スマッシュの部屋の鍵を開けると、お手製のメガホンで耳元で大声を上げた。


「おい、スマッシュ起きろっ! 朝だぜ。ダンジョンに行くぞっ!」


 スマッシュは俺の声に反応し、体を大きくビクリと跳ねらせたが、起きる様子は一切見せずに布団を頭まで被り直すと、二度寝の体勢を取ってきた。

 ……だが、布団1枚でどうにかなると思ったら大間違い。


 俺は布団を引っ剥がし、完全に目を覚ますまで耳元で大声を上げる。

 その結果、スマッシュは数分と持たずにベッドから這い出ることとなった。


「……朝からうるさいですぜ。昨日は夜遅くまで飲んでたんで、昼ぐらいまでは寝かしてくだせぇ」

「駄目だ。今からダンジョンへ潜るぞ」


 俺がノータイムでそう告げると、スマッシュは目を真ん丸にさせ驚いた表情を見せた。


「はへ? 今何て言ったんですかい?」

「ダンジョンに潜ると言ったんだ。頭だけじゃなく、耳まで悪くなったのか?」

「いやいやいやっ! ダンジョンを出たの昨日の朝ですぜっ!? まだ疲れも取れてないでさぁ、それにダンジョンに潜る準備なんかできてないでやしょう!」

「うだうだとうるせぇな。セーフゾーンで休みはくれてやるから、とっとと準備をしろ!」

「いやいやいやいや! あっしは行きたく――」


 スマッシュが文句を垂れた瞬間に、俺はゲンコツをツルツル頭に落とす。


「俺が行くと決めたんだ。次に文句言ったら一発じゃすまないぞ。……よし。分かったならすぐに準備を整えろ。俺はディオンのところへ行ってくるからよ」


 頭の天辺を押さえてうずくまるスマッシュを尻目に、俺はディオンの部屋へと向かった。



「流石にありえねぇでさぁ。ダンジョンから帰還して、1日も経たずにダンジョンに潜るなんて狂ってやすぜ」

「私も流石に朝からとは想定外でした。私達の未到達の階層の情報収集もしたかったのですが……」


 ディオンもスマッシュ同様に叩き起こし、予定していた時間よりも1時間ちょい程遅れてしまったが、何とか2人を集めることが出来た。

 例によって2人共にうだうだと文句を言っているが、集めてしまえばこっちのもの。

 さて、ルインと鉢合わせる前にダンジョンへと避難するか。


「よし。それじゃダンジョンに潜るぞ」

「はぁー。本当に行くんですかい? エリザは何をそんなに焦ってるんでやしょう」

「それは私も気になりますね。……ルイン君と会ってから様子がおかしいような。グレゼスタにもアーメッドさんだけが、頑なに戻りたがらなかったですし」

「……………………。」


 不満気な2人の会話に、流石の俺もバツの悪さを感じてしまった。

 流石に2人は、俺の態度に違和感を覚えていたようだな。


 ……ただ、この言い表せない気持ちを説明することはできない。

 俺自身、自分の心境が分からないからだ。


 会いたいけど会いたくない。

 話したいけど話したくない。

 

 こんな気持ちの悪い感情に揺られている自分を、思い切り殴り飛ばしたい衝動に駆られる。

 ……俺は大きく一つ息を吐き、ぐだついている2人を無視してダンジョンに向かって歩を進めた。

 この気持ちの悪い心境も、ダンジョンに潜ってしまえば忘れることができるはず。


 ――そう思っていたのだが……。

 ランダウストのメインストリートを抜けて、ダンジョンモニターの前。

 そこには、居るはずのないルインの姿があったのだ。

 

「おーいっ!ルイン!! こっちにこーい!」


 俺がルインの姿を見て放心していると、後ろでトボトボと歩いていたスマッシュが大きな声を上げる。

 必死にスマッシュの口封じをしようとするがもう遅い。

 こちらに気が付いてしまったルインは、走って駆け寄ってきた。


「スマッシュさん、ディオンさん、それからアーメッドさんっ! 来るのをお待ちしてました!」

「ルイン、わりぃですぜ。エリザが何か勘づいたのか、到着が随分と早まっちまったでやす」

「大丈夫ですよ。自分もなんかそんな気がしてましたので、こうして予定時刻よりも早く来てましたから!」

「ふふっ。流石ルイン君ですね。私達よりもアーメッドさんのことを知り尽くしています」


 俺を他所に楽しそうに喋っている3人。

 口ぶりからして、ルインがここに居たのは偶然ではなく計画してのことのようだ。


 スマッシュとディオンへのムカつきが半分、そして……ルインが俺を待っていたことへの嬉しさ半分。

 またも自分では言い表せない感情が襲い、この場から逃げ出したくなってくる。


「エリザ、逃げちゃ駄目ですぜ。ルインが折角来てくれたんです。しっかり話しやしょう」

「そうですよ。なんで避けてるのか分かりませんが、ここまで来たら観念するしかないですね」

「お、お前ら……。お、俺を騙したな!」


 俺が逃げようと数歩後退していることに気が付いたのか、すぐに2人の声が横から入った。

 クソッ! 何よりもこの2人のニヤついた顔に腹が立つ。


 そんな2人に気を取られていると、いつの間にか正面まで近づいてきていたルインが俺に話しかけてきた。


「アーメッドさん、お久しぶりです! グレゼスタで別れてから、元気にしていましたか?」

「あ、ああ……。まあ、元気にはやっていた」


 視線を逸らしながら、俺はなんとか平常心を装い返事をする。

 それにしても……。近くで見ると何処か大人になっているな。

 背も伸びているし、体つきも大きく変わった。


 グレゼスタで別れたばかりの時のような幼さも弱っちい感じも薄れ、鍛えてきたのが一目で分かる体と雰囲気を発している。

 そんなルインの成長した姿を見て気が逸れたことで、俺はようやく少しだけだが平常心を取り戻せてきたのだった。


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