第百八十五話 まさかの来訪者

※【青の同盟】アーメッド視点となります。



「ふぃー。やっと一階層まで戻って来れたぞ」

「いやぁ……。今回は本当に長かったですね。食料もギリギリで、途中で底を尽きるのではないかとヒヤヒヤしましたよ」

「本当ですぜ! 今回は25階層で引き返すってエリザが言い出したのに、結局33階層まで無理やり降りるんでさぁ。前回も食料難で危うく死にかけたのに、勘弁してほしいでやす」


 —―チッ。

 いちいちグダグダとうるさい奴らだ。


 最深階層も更新できて、銀の宝箱も発見。

 食料だって結局は持ったんだから、万々歳でいいだろうが。

 男の癖に、本当に細かいことを気にしやがる。


「何も問題なかったんだから、それでいいだろうがっ! せっかくいい気分に浸ってたのに水を差しやがって。……それとスマッシュ。お前は何回、名前で呼ぶなと言えば理解できるようになるんだ? このポンコツがっ!」


 分かりやすく疲弊した様子を見せているスマッシュの頭に、俺はゲンコツを落とす。

 疲れた体にゲンコツは効いたのか、いつも以上にのた打ち回っているスマッシュを尻目に、俺は意気揚々とダンジョンの出口を目指す。


 2人に水を差されはしたが、俺の気分が良い事には変わりない。

 ダンジョン内は外と違って糞みたいなしがらみはないし、実力だけが物をいう世界。


 グレゼスタ以上にしがらみが多かった王都から、逃げ出す形でやってきたランダウストだったが、予想以上に俺の肌に合った環境だった。

 ――後は水差し野郎の2人だけじゃなく……いや、それは流石に求めすぎだな。


 余計なことを考えそうになった思考を、結いている髪留めを触って紛らわせてから、気を取り直してダンジョンの外へと向かう。


 ダンジョン内では時間の経過が分からないため、正確な日数は分からないが恐らく数週間ぶりの外。

 ダンジョンが居心地がいいとはいえ、陽の光というものはやはり格別なものがある。

 それに飯も節約して食べていたため、今すぐにでも腹が膨れるまで食べたい。


 色々な欲望を解消できることに、俺はワクワクしながらダンジョンの出口へ到達すると、その後に続くようにスマッシュとディオンもダンジョンから脱出した。

 

「やっとダンジョンから出れたでさぁ。しばらくダンジョンは懲り懲りですぜ」

「私もしばらくはダンジョンには潜りたくないですね。流石に連続での最深階層更新は体が持ちません」


 ……まだ文句を言ってやがるな。

 こいつらは階層を降りるごとに文句を言っていたが、ダンジョンを出てまでも文句を言うとは……。


「ケッ、お前らは本当にだらしねぇな! こんなんで音を上げやがって」

「1週間以上もダンジョンに潜ってたんですぜ。音を上げない方が異常ってもんでさぁ」

「スマッシュさんの言う通りですよ。流石にクタクタですって。私はアーメッドさんが、なんでそんなに元気なのかが不思議でたまりません」

「だからそれは、お前らが不甲斐ないだけだっての!」


 文句を言う2人に対し俺が文句を言っていると、突然横から誰かが俺の前へと立った。

 また記者の連中か、俺達のファンを名乗ってるはた迷惑な奴らのどっちかか。

 

 ムッとし、睨みつけるように立ちはだかった人物を俺は睨んだのだが……。

 俺達の行く手を阻むように立ったのは、俺の見覚えのある人物であった。


「……お久しぶりです。アーメッドさん。それと、ディオンさんとスマッシュさんもお久しぶりです」


 そんな俺の記憶と答え合わせをするかのように、立ちはだかった人物は俺達に挨拶をしてきた。

 姿、声、口ぶり。どれを取っても――。やはりルインだ。

 

 思わぬ人物の登場に驚きのあまり思考も回らず、開いた口も塞がらない。

 ルインに俺の内心を悟られないように、俺らしく振舞えと自分を鼓舞するが……。

 まるで自分の体ではなくなってしまったのかと思うほど、体が全く反応しない。


「……えっ? ルインでやすか!? おおっ! ディオン、本物のルインですぜい!!」

「……驚きました。本当にルイン君ですね! お久しぶりです。元気にしてましたか?」

「本当にお久しぶりです! はい!元気にしてました!」


 俺が言葉すら掛けれずに固まっていると、ルインの言葉に反応したのは俺の後ろにいるスマッシュとディオン。

 そんな2人の返事に笑顔を綻ばせ、喜びの色を浮かべたルイン。

 俺も何か声を掛けたいが……駄目だ。言葉が何一つ浮かんでこない。

 

 これ以上この場にいたら、俺に対する印象全てが変わってしまい兼ねない。

 そんな言い知れぬ恐怖感に襲われ、ほぼ無意識にルインから逃げるように後退すると、そんな俺の心境を悟っているのか分からないが、無垢な表情で距離を詰めてくるルイン。


「あ、あの、アーメッドさん――」

「わ……わ、わりぃ! よ、用事を思い出した! じゃあな!」


 再び同じ距離間まで近づき、ルインが何か言いかけたその瞬間。

 俺はこの場にいては駄目だと強く感じ、なんとか言葉を紡いでからその場を逃げるように逃走を図った。


 不自然に逃げたことで、ルインの俺への印象が変わってしまった可能性があるが、あの場に残り続けていたらもっと下手を打っていたと思う。

 そんな自己弁明をしながらランダウストで寝泊りしている宿屋まで逃げ、ようやく落ち着ける体勢を整えることが出来た。


 …………落ち着いたことでルインに久しぶりに会えた喜び少しに、ルインの前で取った全ての行動に強烈な恥ずかしさを覚える。

 が、過ぎたことをうだうだと考えていても仕方がねぇ。


 どうやってランダウストまで来たのか。

 それよりも、何故ランダウストにいるのか。

 それから、この1年間ルインは何をしていたのか。

 そして、俺が戻らなかったことをどう思っているのか。

 

 ルインには聞きたいことが山ほどあるが、暫くの間は会って話したくねぇ。

 ……というか、また頭が真っ白になりたくないため話すことができない。

 

 俺は宿屋の布団に寝転ぶように倒れると、深いため息を吐いて目を瞑る。

 とりあえずは明日にでも再び準備を整え、ルインが追ってこれないようにダンジョンに逃げるか。

 目を瞑りながらそう決め、疲れを取り冷静さを取り戻すためにも、俺はそのまま眠りについた。


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