第三百六十二話 ガスト
俺は声が聞こえた瞬間に振り返ったのだが、背後には誰もおらず先ほど通った薄暗い部屋が見えるだけ。
何か聞こえたのは気のせいかとも思いかけるが、確実に耳元で囁かれたんだよな。
勘違いで終わらせることはせず、目を必死に凝らして部屋の中を見てみると……。
薄暗い部屋の中に浮遊する霧状の何かがいるのが見えた。
実際に目にするのは初めてだが、確かガストと呼ばれる種族の魔物なはず。
風魔法や毒の霧を発生させて攻撃してくる魔物と記憶している。
見て分かる通り物体ではないことから、物理攻撃は一切通じず魔法による攻撃しか通らない……俺からしたら相性最悪の魔物。
逃げの一手しか取れないように思ったけど、先ほど魔法の衝撃を壊した魔力を帯びた攻撃。
あの斬撃なら、ガストにも攻撃が通用するかもしれない。
俺は逃げることを止め、先ほどの感覚を思い出しながら引き抜いた剣に魔力を込めていく。
そして魔力が溜まったのを確認してから、浮遊しているガストに向かって斬りかかったその瞬間――。
部屋に踏み入った時に囁かれた声と全く同じ声で俺に話しかけてきた。
「ちょ、ちょっと! いきなり攻撃をするなんて頭おかしいんじゃないの? 剣を下ろしなさいよ!」
…………人間の言葉?
囁かれた時も確かに言葉をかけられた気がするのだが、目の前で浮遊しているガストは確実に俺に話しかけている。
ガストが喋るなんて聞いたことがないし、目の前の奴はガストに似た何かなのか?
何がなんだか分からないため、俺は魔力を帯びさせたままではあるが一度剣を下ろして話を聞いてみることに決めた。
「……魔物なのに言葉を話せるのか?」
「ふぅー、とりあえず話の分かる人間で良かった! 私は元魔族で現魔物のペトロニーラよ」
「俺は……人間のルインです」
自己紹介されたため、俺も自己紹介をし返した。
このガストの話が本当なのだとしたら、元魔族で今は魔物のガストであるということ。
魔物だろうが魔族だろうが敵に近い位置にいる存在なのは間違いないけど、話している感じ的に敵対視されてはいないと思うんだよなぁ。
いきなり攻撃せずに話しかけてきてくれた訳だし。
「やっぱり人間だったんだ! 一瞬、魔王の手先かとも思ったけど、臭いがそんな感じじゃなかったからね」
「一応自己紹介は聞いていたんですけど、あなたは一体何なんですか?」
「何なんですかって言われても、さっき言った通り元魔族で今は魔物ってことしか説明しようがないんだけど……」
困ったようにそう呟いたペトロニーラと名乗ったガスト。
元魔族でこの家にいたということは、このガストは元魔女の可能性も出てきた。
おとぎ話では完全に悪として描かれていたし、このガストとは似て非なるものな感じもあるけど、可能性としては一番高いと思う。
「もしかしてですが、あなたって元魔女だったりしますか?」
「えっ? 人間なのに私のこと知ってるの? 確かに魔族だった時は『漆黒の魔女』なんて呼ばれてたけど……有名なのって何か嬉しい!」
霧状の魔物のため表情とかは分からないんだけど、声のトーンで嬉しそうにしているのが伝わってくる。
本当にただ今が魔物なだけで、中身は魔族のままなんだろうな。
それと……やはりこのガストが魔女らしい。
俺が想像していた怖い魔女とは姿も性格も違って拍子抜けだけど、優しい魔女なのであれば生命の葉についてを教えてもらえるかもしれない。
「念のために聞いておきたいんですけど、襲うとかはしてこないですよね?」
「しないしない! するつもりなら、部屋に入ってきた瞬間に襲ってるって。……それに襲ったところで返り討ちにあうことぐらいは分かるから」
「それなら良かったです。色々と話を伺ってもいいですか? 魔物としてこの部屋にいた理由とかも知りたいので」
「全然良いよ! ずっと長い時間、会話ができる生き物と会ってなかったし私もお喋りしたいし!」
「それなら良かったです。お話を聞かせてください」
今の会話部分だけでも気になる箇所はいくつかあったが、とりあえず順を追って話を聞きたい。
ヒューと同じように悪い感じが一切しないし、魔物だろうけど友好的に接することができそうだ。
とりあえず話をすることとなった俺とペトロニーラさんは、一つ前の部屋であるリビングへと戻り、椅子に座って話をすることに決めた。
まぁ椅子に座るといっても俺だけで、ペトロニーラさんは椅子の上で浮遊しているだけだけど。
「うへー、こっちの部屋は随分と汚れちゃってるなぁ。ごめんね、汚い部屋でさ」
そう謝られたが、ずっと森の中で植物採取して過ごしてきたし、ダンジョンでの汚さなんかに気を遣う余裕のない生活も送ってきた。
直近では狭い洞窟に籠もって不味い植物を食べる生活を送ったし、劣化で汚れているくらいじゃ何にも気にならない。
「俺はそういうのあまり気にしないんで、全然大丈夫ですよ。それよりも……こっちの部屋に来てなかったんですか?」
「うん。あの部屋に閉じ込められてた形だったからさ! 扉に変な魔力が帯びてなかった?」
言われてみれば、確かに鍵穴の部分に魔力が帯びていたような気がする。
一切気にすることなく扉を叩き壊してしまったから、魔力の障壁ほど目に止まらなかったけど。
「壊しちゃったので曖昧なんですけど、確かに魔力が帯びていた気がしますね」
「この体じゃ扉を壊すことなんかできないし、ただ浮遊しながら長い年月閉じ込められてたのよ! だから本当にルインには感謝してる! 殺されかけたけど!」
空気のような体だし、その気になれば隙間から抜け出れそうな感じもあるが、それができないように魔力で閉じ込められていたのだろう。
悪い人……悪い魔物じゃないし、意図的ではないにしろ助けられたのは良かった。
「勝手に侵入して勝手に壊しただけですので感謝なんかいらないですよ。それよりも……誰に何のために閉じ込められたんですか?」
部屋に閉じ込められていたことを考えると、あの魔法の障壁も外からの侵入を防ぐためのものではなく、ペトロニーラさんを閉じ込めるためのものだったように思えてきた。
凄く人当たりが良いし、閉じ込められていた理由が非常に気になったため、俺は思い切ってその理由を尋ねたのだった。
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