第二百四十話 ピークガリル
トビアスさんから話だけは聞いていたけど、映像でも見たことがなかったし本当に現れるとは思っていなかった。
一部では隠れボスとも呼ばれているらしい“ピークガリル”。
見て分かるその圧倒的な体躯から放たれる強烈な攻撃に加え、岩場や崖を縦横無尽に動き回る機動力を兼ね備えている厄介な魔物。
そしてピークガリルの一番恐ろしいところは、キャニオンモンキーを統率するという部分にある。
平地では、ゴブリンに毛が生えた程度の戦闘力しか持たないキャニオンモンキーだが、こと知力においてはゴブリンを遥かに凌駕するものを持っている。
個々での戦闘は単純な戦闘力がモノをいうが、集団での戦いとなるば武力よりも知力の方が重要なことが多々あるからな。
戦闘力が高く統率能力に優れているピークガリルに、知能が高く様々な戦法が取れるキャニオンピーク。
こちらの立場からして、これほど厄介な相手はいない。
「ピークガリル……。俺、初めて見ましたよ」
「私もです。まさかパーティで初めての攻略で出会うとは思ってませんでした。本当についてないですね」
「ダンジョンでの休憩を取り入れた今日に出会っただけマシ」
ロザリーさんが恨み節でそう呟いたが……確かにアルナさんの言う通り、セーフエリアで一泊した今日出会えたのは不幸中の幸い。
先週までのぶっ通しで攻略していた時に出会ってしまっていたら、今以上の危機に晒されていたはずだ。
「確かにその通りですね。――っと、来ますっ!」
どう対応するかの相談する暇もなく、雄たけびを上げていたピークガリルが地面を叩きながらこちらに向かってきた。
話でしか聞いたことがないため、まずは防御に徹して攻撃パターンや移動パターンを探りたいのだが、数で圧倒されている以上そんな余裕はどこにもない。
「俺がピークガリルを相手しますので、アルナさんとロザリーさんでキャニオンモンキーの相手をお願いします?」
「キャニオンモンキーは私一人でいいから、ロザリーとルインでピークガリルをやって」
「群れですよ? 一人では厳しいです!」
「ピークガリルをやれば統率は取れなくなる。二人でなるべく早く倒して」
アルナさんはそう告げると、向かってくるピークガリルから離れるように位置取り、後方に控えているキャニオンモンキー達に矢での攻撃を仕掛けにかかった。
多対一になってしまうが、確かにアルナさんの腕なら少しの時間はなんとかなるはず。
「二人で一気に行きましょう。出し惜しみはなしで」
「了解です。来ますよっ!」
俺は走るピークガリルの位置を見つつ、出し惜しみはなしという宣言通り粘着爆弾を仕掛けた。
スラストバッファロー同様に動きを止めることが出来れば、その時点でこっちの勝ちは決まるのだが……そう甘くはないか。
足に付着した粘着物など気にも留めず、頭から滑り込むように突っ込み、左手で薙ぎ払いを行ってきたピークガリル。
粘着爆弾の設置に気を取られたせいで少し反応が遅れたが、俺はその攻撃をすんでの所でバックステップにて回避。
一難は逃れたが――追撃の手が速い。
ピークガリルは手で地面を掴み体を跳ね上げさせると、空中で一回転させ、威力をつけながらの叩きつけ攻撃へと移行させてきた。
剣でのガードが不可だと瞬時に判断した俺は、横に転がるようになんとか回避をし、受けではなく避けに徹したのだが――物凄い振動が体を襲ってきた。
ピークガリルの両の拳が打ち下ろされた、先ほどまで俺が立っていた位置に視線を向けると、地面が抉られるように削り取られており、その一撃の重さが嫌でも分かる。
一瞬の判断を誤り、剣でガードしにいっていたらと考えると……嫌な汗が背中を伝った。
「立て直してください!」
転がって避けた俺を見て、ロザリーさんは透かさずピークガリルとの間に入ってくれた。
ちょこまかと動きながら、攻撃を誘発して深追いはせずに攻撃を行っている。
ロザリーさんは絶対に攻撃を受けないという立ち回りでピークガリルに立ち向かってはいるが、中途半端な攻撃では全身を覆う毛に阻まれて大したダメージになっていない。
それでも、俺も参戦して二人でちょこちょことダメージを与えていけばいつかは倒せると思うのだが……。
キャニオンモンキーの群れをアルナさんに任せている以上、そんな時間はない。
時間を気にしなくても大丈夫ならとつい歯がゆい気持ちになるが、ここは切り札の切りどころ。
今の俺の技術、そして旧式の醸造台ではこのポーションは作れないため、出来る限り温存しておきたかったのだが……。
俺はホルダーから、ダンベル草をふんだんに使用したストレングスポーションを取り出すと、瓶の中身を一気に飲み干す。
ダンベル草の酷い臭いが胃から鼻へと抜け、思わず胃の中の全てをぶちまけそうになるが、なんとか必死に口を手で押さえる。
強烈に襲ってきた酷い吐き気を乗り越えると、すぐに体に変化が訪れた。
先ほどまでの自分よりも数倍強くなったようなこの感覚。
ヴェノム戦で使用した時のことを思い出し、強い高揚感に襲われる。
ヴェノム同様、このピークガリルとも力と力での熱い戦いを体を欲するが、なんとか抑え込んで冷静に倒すことだけを考えなくてはならない。
全身の筋肉が燃えるように煮えたぎり熱くなっていく体とは裏腹に、心と頭は冷静にどう倒すかだけを思考する。
「ロザリーさん。スイッチです」
避けを中心に立ち回っているロザリーさんにそう言葉をかけ、入れ替わるように前へと出た俺は、血走った眼をしているピークガリルと再び正面から対峙することとなった。
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