第二百四十一話 完璧な手ごたえ


 黒光りする漆黒の毛に、時折混ざっている金色の毛が鮮やかに映えている。

 そんな威圧感漂う毛が全身を覆っているのにも関わらず、筋肉が異様に発達しているのが体の凹凸からはっきりと見て取れるピークガリル。


 対する俺はストレングスポーションを使って力を増幅させ、ようやく力が五分になったかどうかだ。

 単純なる力が五分なのであれば、勝敗を決めるのは戦闘における技量勝負となるわけで、様々な師匠に稽古をつけてもらった身としては真っ向勝負を仕掛けたい気持ちで溢れてしまっている……が、現状を考えればそんな悠長なことは言っていられない。


 アルナさんが後方に控えているキャニオンピークを抑えている今、数的有利を作れているこの状況を生かす他ない。

 スイッチして前へと出た俺は、体で手を隠しながらハンドサインでロザリーさんに指示を出しつつ、一気に距離を詰めていく。


 対するピークガリルは左腕をグルグルと回しながら待ち構えており、左ストレートを繰り出すタイミングを推し量っている様子。

 振り回す腕から風も感じるほどで、その圧に体が近づくのを無意識に拒絶してしまっているが――ここで一度退く、ピークガリルの挙動をギリギリまで見極める。

 腕の届く範囲に俺が入るタイミングを見計らい、動きに合わせるようにぶっ放してきた拳を、俺は膝から地面に着いて滑るようにスレスレで躱した。


 攻撃を躱すと同時にピークガリルの懐へと潜り込む成功した俺は、その勢いのままフルパワーで袈裟斬りを放つ。

 思い切り腕を振りぬいたせいで隙の生まれたピークガリルは、これを躱せずクリーンヒット。

 

 肉を断ち、骨まで到達したのが手の感触からも分かるほどの、ここ最近で一番の手ごたえ。

 肩口から腰の辺りまで深々と斬り裂かれたピークガリルは、思わず漏れたような悲鳴に近い声を上げながら後ずさっていく。


 まさか初手で深手を負わせられるとは思っていなかったが、これはついている。

 後退するピークガリルを見て、俺の背後から飛び出したロザリーさんが右側から、体勢を立て直し一歩遅れて俺が左から挟み込むように追撃を行っていく。


 突き、袈裟斬り、逆袈裟、水平斬り、斬り上げ、逆風。


 ロザリーさんと息を合わせながら、巨体を振り回すピークガリルに着々とダメージを重ねていく。

 金色の毛交じりの黒い毛が映えていたピークガリルの体が、自らの血で真っ赤に染まっていき、見るからにボロボロになっていったのだが……。

 底知れない一撃の威力は最後の最後まで落ちることはなく、決して長い戦闘を戦闘ではなかったし数的有利を取れていたのにも関わらず、俺は滝に打たれたかのように全身が汗で濡れるほど疲弊し切った。


「――はぁー、はぁー……。や、やっと死にましたか?」

「ふぅー、はぁー。ま、まだです。死んだのなら灰となるはずですから! ロザリーさんは心臓を、俺は首を狙います」


 血だらけのピークガリルは、仰向けに倒れてピクリとも動かなくなったのだが、ダンジョンの構造からして魔物は死んだら灰となるはず。

 灰になっていないということは、虫の息ではあるが倒しきれていない証拠だ。


 一息入れたくなるところを踏ん張り、トドメを刺しに動く。

 俺は倒れているピークガリルの下へと走り、剣を振り上げて首を跳ねにかかったその瞬間。

 目を瞑っていたピークガリルの目が見開き、俺を憎むかのように睨みつけてきた。


 今までダンジョンで出会った魔物とは別で、コルネロ山のアングリーウルフやセイコルの街で戦ったヴェノムと同種の魔物に似た感覚を覚え、思わず手を止めそうになったが……。

 喉元まで出かけた言葉を飲み込み、俺は振り上げた剣を力の限り振り下ろしたのだった。



 ピークガリルとの戦闘が終わって一時集中が切れたからか、先ほど膝から滑り込んだ時に出来た酷い切り傷、それとその時に放たれた左ストレートがかすった頬が深く切れているせいで、鋭い痛みが一気に襲ってくる。

 ストレングスポーションで、自分の持つ力以上のパワーを使ったことでの筋肉痛が加わり、その場でふらつき倒れそうになった。

 岩場で膝からの滑り込みは駄目だったと後悔の念に駆られつつも、俺は歯を食いしばって足を前へと運ぶ。

 

「アルナさんのところへ行きましょう。今のところは抑え込んでくれていますが、早く助太刀に入らないと」

「そうですね。行きましょう!」


 ピークガリルは倒したものの、まだキャニオンモンキーの群れが残っている。

 アルナさんが弓での射撃で抑え込み、一定数は倒してくれているようだが、まだまだ数は多いように見えた。


「アルナさん、遅くなりました。ピークガリルは無事倒せました」

「遅すぎ。特殊矢を使い切っちゃったから、後で弁償してもらう。……それと、全然無事に見えないけど大丈夫なの?」

「大丈夫です。軽く擦っちゃっただけですので。引き続き、援護お願いします」

「私も行きます!」


 アルナさんに軽い報告をしたあと、勢い良くキャニオンモンキーの下へと突撃する。

 数はザッと見て十数匹。


 色々と痛むし、体も鉛になったかのように重いが、ゴブリンに毛が映えた程度の魔物なら何も問題ない。

 ロザリーさんと息を合わせつつ攻め立て、後衛で援護してくれるアルナさんの射撃もあったお陰で、俺達はピークガリルに費やした半分ほどの時間で残っていたキャニオンモンキーの群れを殲滅することに成功したのだった。


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