第二百八十九話 死闘の末に……

※【青の同盟】アーメッド視点となります。



 ここからは最低で最高の――ノーガードの殴り合いが始まった。

 クロナックが冷静な状態ならば、絶対に乗ってこなかったであろう互いに一撃を打ち込み合う力と力のぶつけ合い。


 俺が右頬を殴れば、クロナックが右頬を殴る。

 腹に拳を入れられれば、腹に拳を入れ返す。


 体がとうに限界を迎えている俺は気力だけで踏ん張り、とにかく外皮ではなく体内にダメージが残る打ち方で拳を振るっていく。

 近距離での殴り合いによって、俺の鮮血だけが飛び散り、黒い外皮で覆われているクロナックの体が徐々に真っ赤に染まっていった。

 

 ただ、体には目立った傷のないクロナックだが、相当なダメージを負っているはず。

 余裕そうだった表情が必死の形相へと変わっているし、無意識下だろうが体が俺から逃げるようにジリジリと後ろに下がっている。


 圧倒的な強さを持つが故に、対等な殴り合いに慣れていない証拠。

 体が勝手にダメージを負うのを嫌い、俺から逃げようとしていやがるな。


「かっはっ! ……な、なぜ倒れない!」

「倒れ、たら……この、楽しい時間が、終わっちまうだろ?」


 拳を振るい合いながら、至近距離で顔を見合わせて会話をする。

 顔がボコボコに腫れて視界は最悪、表情も上手く作れねぇが心の底から楽しんでいることを眼光だけクロナックに伝える。


「狂ってやがる……。死ねっ、死ね! とっとと死にやがれ!」


 焦りを見せたクロナックは全力でラッシュを仕掛けてきたが、そんなラッシュにもしっかりと打ち合って対抗する。

 狂ってる奴に狂ってると言われたが、自分の全力を持ってしても倒せない相手との戦いが楽しくないはずがねぇ。


 拳を振るう度に俺自身が研ぎ澄まされていくのを感じるし、この短期間で強くなれていることの実感が得られる。

 願わくば一生この殴り合いに興じていたいが、至高の時間の終わりが近づいているのが分かる。


 数発に一度意識が完全に飛び、気力だけで踏ん張って、次の一発を受けることで意識を取り戻すという荒業。

 既に命の灯が消えているのも分かるが、目の前のコイツよりも先に倒れることだけは絶対にならねぇ。


「何故、何故倒れんッ!」

「へっへ。逃、げすぎ、たな。お、らよっ!」


 俺のぶっ放った拳が心臓部に命中し、威力を逃がそうとクロナックが再び後退しようとした瞬間、すぐ真後ろまで壁が近づいていたのに気づいた様子。

 そう。クロナックがジリジリと後退し始めてから数十発の殴り合いの末、俺はようやく壁際へと追い詰めたのだ。

 

「も、う逃げ、られねぇ、ぞ」

「ぐぅっはっ。――はぁ、はぁ。逃げていただと……? 私が……?」


 やはり自分で気づかない内に後退していたようだ。

 焦ったことで冷静さを取り戻したのか……殴り合いを放棄し、慌てて魔力を練りだし始めたが――。


「魔、法に逃げ、ずに、最後ま、で、殴り、合おうや」


 もう一発。俺は先ほどと同じ心臓部に拳を叩き込む。

 背後が壁ということもあり、打ちつけるように放った左の拳は、威力を完璧に乗せてクロナックに襲い掛かった。


 青黒い血を口から吐き、練り上げようとした魔力は霧散。

 クロナックは壁にもたれたまま、へたり込むように倒れようとしたが、俺はどちらかが死ぬまでこの殴り合いを終わらせる気はねぇ。


 倒れようとしている体に再び右の拳を心臓部に打ち付け、強制的に倒れさせないように殴る。

 殴り返してくるのを少し待つが、返ってこないのが分かるや否や、次は左の拳を心臓部に叩き込む。


 硬い外皮を殴り続けていたため、あらゆる骨が飛び出てぐちゃぐちゃの拳だが、俺は殴るのをやめない。

 そして、そこから更に数発殴ったところで……メキッという軋むような音と共に、振るった拳が沈みこむような感覚があった。


 見てみると、クロナックの外皮にひびが入っており、そこから拳が心臓を抉るような形で背中まで突き抜けていた。

 青黒い血液が噴き出るように流れ、何かをしようとしては殴られ動けずにいたクロナックの表情は、恐怖の色で染まっている。


 …………終わっちまった、のか。

 

 クロナックが両腕から力なく地面へと垂れていくのを見て、心の底から楽しかった命の削り合いが終わりを迎えたのを悟る。

 心情としては、負けなかったが勝ってはいない。


 初めて心が折れかけたし、今だって――。

 ドッと今まで味わったことのない疲労感が全身を襲い、視界がぼやけてきやがった。


 クロナックを倒すまで体が持ってくれて良かったが…………この感じは俺ももうすぐ死ぬ。

 もう指一本すらも動かせなくなっている体が、重力すらも耐えられなくなってきた。


 足の踏ん張りが効かなくなり、頭から地面に倒れたが地面に着く前に体が支えられた。

 両者動かなくなり戦いが止まったことで、大声を張り上げて応援していたディオンとスマッシュが駆け付けたのか、俺は地面に倒れる前に支えられたようだ。


「エリザッ! 大丈夫でやすか!? ディオン早く回復薬をありったけかけてくだせぇ!」

「上級回復薬を背中からかけてますよ! でも、傷の治りが……」

「も、ったい、ねぇ、から……やめろ。もう、俺は、長くは、ねぇ」


 回復薬をかけられている感覚すらねぇが、どうやらディオンが俺に上級回復薬を使っているらしい。

 もったいねぇから止めるよう言うが、ディオンの手は止めようとしない。


「はやく街に連れ戻しやしょう! 医者に診てもらえばまだ間に合いやす!」

「む、りだ。……自分、の、体だか、ら、よく、分かる」

「諦めるなんてらしくねぇですぜ!! 生きなきゃ――生きて帰らなきゃ、ルインだって悲しみますぜ!」


 ……そうだな。

 最後に最高の戦いを勝ちで終われ、もう何の悔いはねぇと思っていたが……。


 ルインとはもっと話したかった。

 もっと色々な場所に行きたかった。


 再会したときに、変に照れて突き放したのだけが今になって悔やまれる。

 せめて最後に、最後だけでも話したかった。


「……ディ、オン。……ス、マッシュ。あり、がとな。ルイン、を……頼ん、だぞ」


 後悔の念がぐるぐると渦巻く中、視界がどんどんと暗くなり、俺は最後の力を振り絞って礼を伝える。

 それからすぐ、微かに二人の声が聞こえてくるが、もう何も聞き取ることはできなかった。


 それから、俺の意識は遠のいていき……。

 俺は深く、そして二度と目の覚めない眠りについたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る