第二百八十八話 劣勢
※【青の同盟】アーメッド視点となります。
「面白くないですね。避けてるだけでは勝負になりませんよ」
余裕の笑みを浮かべながら、俺に休む暇を与えない速度で攻撃を繰り返すクロナック。
超速で飛んでくる尻尾攻撃をギリギリで回避してはいるが、完璧に回避できたのは初撃のみで、今はなんとか致命傷を避けているといった状況。
ただ、攻撃の予測は徐々につけられるようになってきている。
クロナックは避けの一手しか選んでいない俺に対し、余裕な態度を見せているけど、深々と切り裂かれていた攻撃が徐々に浅くなってきているのが、俺が反応できてきている証拠。
「ふぁーあ。ここまで退屈な戦闘は久しぶりで欠伸が出てしまいますよ」
これは俺をイラつかせるためのブラフだ。
欠伸をし、片手は口を軽く押さえながら上半身をだらけさせているが、下半身は筋肉が破裂せんばかりに踏ん張り、俺を殺そうと尻尾をぶん回すために尽力しているのが分かる。
尻尾の動きと連動しているのは下半身で、主に太腿と腰。
僅かな筋肉の動きだけだが……ようやく見切ることに成功した。
俺は挑発に乗った振りをし、飛んできた尻尾を避けてから攻撃を仕掛ける素振りを見せる。
かかったとばかりに一瞬頬を緩ませたクロナックは、伸ばした尻尾を一気に収縮させると突き刺しにきた。
俺は冷静にその動きを見切り、体を反らして尻尾攻撃を避ける。
初撃以来、久しぶりの完璧な回避。
クロナックは切り替えて次の攻撃を狙っているようだが、今の攻防で確実に形勢が俺へと傾いた。
少し攻撃を受けすぎてしまったが、挙動が読めなかった尻尾攻撃さえ見破ってしまえば、ようやく殴り合いへと持っていけることができる。
「……何をニタニタしてるんですか?」
「やっとお前に攻撃できると思ってな!」
俺はそんな言葉と共に、一気に距離を詰める。
クロナックは冷静に尻尾で突き刺しにかかってきたが、今度は仕掛けながらも完璧に尻尾攻撃を避けることに成功。
ここでようやく先ほどの一撃がたまたま躱されたのではなく、見切られて躱されたのだと気づいたようだが――遅い。
懐まで潜り込んだ俺は、渾身の右ストレートをクロナックの顔面に叩き込むように放ち、両腕をクロスさせてのガードが間一髪で間に合ったようだが、クロナックの体は仰け反るように吹っ飛ぶ。
「わりぃな。退屈させちまったみたいでよ」
「き、きさま! よくも私に傷を……!」
口の端から青黒い血を流しながら、目を血走らせているクロナック。
格下だと侮っていた俺から予想外の一撃を貰い、激情モードへと切り替わったようだ。
傷のついた頬を何度も擦りながら、体をわなわなと震わせ始めた。
その行為でパンプアップされているのか、目に見えて全体の筋肉量も増えていやがる。
「バアリウスにユハラハム! 馬鹿で使えない奴らの尻ぬぐいをさせられ、ただでさえイラついているのに……! 貴様のようなカスに傷までつけられた。絶対にただでは殺さないぞ!」
咆哮を上げながら怒り狂っているが、俺がしたいのはお喋りじゃねぇ。
言葉の途中だが、痺れを切らした俺は、腰を落として踏ん張る体勢で叫んでいるクロナックに攻撃を仕掛けにいった。
魔人に食らわせたように、土手っ腹目掛けて拳を叩き込みにかかるが、懐に潜り込んだ俺の動きに合わせ、地面から突き上げるように尻尾を突き刺しにきたクロナック。
俺はその尻尾を躱し、更に左脇でホールドしてからぶった切る勢いでチョップを叩き込む。
剣よりも硬い想像をしていたため叩き折れるとは思っていなかったのだが、予想よりもあっさりと尻尾は簡単に千切れてしまった。
……じゃねぇ。
俺ががっちりとホールドしたことで、自ら尻尾を切り離したのか!
「何よそ見してるんだ? あぁ!?」
俺の中で脅威として認識されてたが故、千切れた尻尾に視線を取られていた隙を突かれ、クロナックの拳が俺の腹部に直撃した。
初めて威力を逃せずに食らった一撃に、内臓全てを口からぶちまけそうになりそうになる。
息も止まりその場にうずくまりたくなるが、ここで動きを止めればそれこそ死を意味する。
俺は倒れず逆に踏み込み、こちらも渾身の一撃を今度こそ土手っ腹に叩き込む。
攻撃がクリーンヒットしたのを感じて、俺がすぐに動けないと予想していたのか、放った渾身の一撃はクロナックの体が宙に浮くのを感じるほど完璧に決まった。
続けざまに左ストレートを顔面目掛けて放つが、これは流石にガードが間に合ってしまう。
「ふぅっ、ふぅっ、や、る、じゃ、ねぇ、か」
「まさか動いてくるとは思ってなかったぞ。……だが、もう一歩も動けないだろう?」
筋肉の鎧を纏っているとはいえ、俺は人間が故に柔らかい肌。
対するクロナックは鎧のような外皮に覆われているため、渾身の一撃を打ち込み合ったとはいえ俺の方が遥かにダメージが大きい。
それに加えて、魔物の大群を抜けてきたときに受けた傷と殴り殺した魔人から受けた傷。
更に、このクロナックの尻尾攻撃を見切るまでに受けた傷が重く体にのしかかる。
魔人を殴り殺したときに、俺はもう奥の手は使い切っている。
対するクロナックは、まだ何かを隠している可能性が高い。
劣勢な状況を分析し始めて集中力が途切れてしまったのか、背後にいるディオンとスマッシュの情けない応援が耳に入ってくる。
苦しい。しんどい。十分に楽しんだしもういいんじゃねぇか。
ネガティブな思考が頭を駆け巡り、膝に手をつきそうになりかけ……頭を下げた時、前へと垂れた髪に結われている真っ赤な髪留めが目の端に入る。
――まだだ。まだ終われねぇ。
ルインとは話したりねぇし、一緒に色々なところに冒険だって行きてぇ。
いつかルインが俺を助けてくれるまで、絶対にくたばるわけにはいかねぇんだ。
力が抜けかけていた体に再び力が戻り、息苦しさや痛みを全て堪えて両の拳を握りなおす。
「へっへっへ。まだ、まだ、やれるぜ」
「……ゴキブリのようにしぶとい奴だな。いいだろう。完全に息の根を止めてやる」
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