第二百話 始動の朝


 喫茶店にて、パーティの方針を話し合った翌日。

 今日はいよいよパーティでダンジョンへと潜る日だ。


 昨日の内に荷物の方は完璧に準備してあるし、装備の手入れも済んでいる。

 俺は軽い運動を行って体を起こし、手入れをした装備に着替えを済ました。

 それから気合いを入れるため、自分の頬を思い切り叩いた瞬間、部屋の扉が軽くノックされた。


「はい、どうしましたか?」

「朝食の準備が出来ましたっ!」


 俺がノックに対する返事をすると、ルースの元気な声が扉越しに聞こえた。

 どうやら朝食が出来たことを、俺に告げに来てくれたようだ。


「わざわざありがとう。すぐに行かせてもらうよ」


 ルースにそう伝え、食事を取ったらそのまま宿から出られるように準備を整えてから、俺は食堂へと向かった。


 『ぽんぽこ亭』の食堂は早朝ということもあって一人もおらず、広い空間に俺一人だけで……なんか少し贅沢な感じがするな。

 それと食堂全体には、スパイスの効いたいい匂いが充満している。


「あっ、ルインさん来ましたね! 出来てますよ。昨日頼まれたカレーって料理!」

「本当に作ってくれたんだ。俺のだけ別で作らせちゃってごめんね」

「いえいえ! その分のお金も頂いてますし、作ったのはお母さんで私は何もしてませんので!」


 実は、本格的に攻略が始まるということで、俺はルースのお母さんにダンベル草カレーを作って貰えないかの交渉をしていた。

 ダンベル草の不味さを考えたらかなり無茶苦茶なお願いだと思っていたが、ルースのお母さんは俺の頼みを快く引き受けてくれたのだ。

 

「そっか。じゃあ、ルースのお母さんにお礼を言わないといけないな。お母さんは今どこにいるの?」

「あー。今は他のお客さんの朝食を作っているので、厨房にいますが……。お母さんも新しい料理を作れて嬉しそうでしたし、お礼なんかしなくていいですよ! それよりも、カレーを早く食べてみてくれませんか?」

「あー、厨房で料理の最中なら、今行っても迷惑になるだけか。なら、お言葉に甘えて早速カレーを食べさせてもらおうかな」


 ……よしっ。頂いてみようか。

 話した限り、ルースもルースのお母さんもカレーの存在自体を知らなかった様子だったから、少し不安だったんだけど、匂いや見た目は完璧にカレーだな。


 なんならこの一年間、ずっと作り続けてきた俺のカレーよりも見栄えはいいぐらい。

 あとは味だけだが……。

 俺は出されたカレーの匂いを存分に楽しんでから、ゆっくりとカレーを口へと運んだ。


「――え。う、うまい……? なんで……美味しいんだッ!?」


 カレーを口に入れた瞬間、潜在的にダンベル草の放つ強烈な苦みを想像したのだが、苦みどころか若干の甘さを感じるほど旨味成分しか感じない。

 俺はそのまま咀嚼をし終えて飲み込んだのだが、結局苦みを一切感じないまま、ダンベル草カレーは口から胃袋へと消えていった。

 

「……ねぇ、ルース。疑ってる訳ではないんだけど、ルースのお母さんって俺の渡した植物をカレーに入れてた?」

「えーっと、めちゃくちゃ苦い植物ですよね? ルインさんから強く念を押されて頼まれましたし、もちろん入れてましたよ! あの強烈な苦みを消すのには、流石のお母さんも苦労してました!」


 あまりの美味しさのせいで心配になって尋ねたのだが、このカレーは紛れもないダンベル草カレーのようだ。

 これは凄いな……。

 『ぽんぽこ亭』の料理はどれも絶品だったが、まさかダンベル草カレーまで美味しく仕上げてしまうとは。


「へへっ。流石のルインさんも驚いてますね!」

「正直、めちゃくちゃ驚いたよ。俺はどうやっても苦みは取れなかったからさ。……ルースのお母さんは凄いね!」

「はい! 自慢のお母さんです!」


 俺がルースのお母さんを褒めると、ルースは出会ってから一番の笑みを見せた。

 そんな花の咲くような笑顔のルースと話をしながらカレーを食べ終えた俺は、しっかりとお礼を伝えてから、待ち合わせ場所でもあるダンジョンの冒険者ギルドへと向かった。

 


 俺が冒険者ギルドに着いて中を見渡すと、俺よりも先に着いていたであろうアルナさんの姿が見えた。

 約束の時刻よりも早めに来たため、アルナさんが先にいるとは思っていなかったな。

 もしかしたら……アルナさんも緊張しているのかもしれない。


「アルナさん、おはようございます。もしかしてお待たせしてしまいましたか?」

「ううん。さっき着いたとこ」

「それなら良かったです。一瞬、待たせてしまったかと思いましたので」

「大丈夫」

「それでしたら……少し早いですが、受付を済ませてロザリーさんとも合流しましょうか」


 軽く挨拶した感じ、緊張や余計な力が入っている様子もなさそうだな。

 時間にルーズな故に、たまたま早く着いちゃったって感じだろうか。


 普段接するとなると、アルナさんの性格は少し取っ付き難いのだが、こういった時は非常に頼りになる。

 いつも通り、感情の起伏がないアルナさんに何処か頼もしさを感じながら、俺は依頼受付へと向かった。


 受付で受付譲さんといつものやり取りを済ませると、扉の前で待っていたかのように、すぐに奥から出てきたロザリーさん。

 アルナさんと違って、ロザリーさんはかなり緊張しているのが一目で分かった。


「ロザリーさん、おはようございます。今日はよろしくお願い致します」

「お、おひゃっ――ようございます。こ、こちらこそよろしくお、お願い致します」


 昨日と同様、盛大に噛んでいるし、顔も破裂しそうなほど真っ赤。

 喫茶店での打ち合わせで、大分慣れてくれたと思ったんだけど……。

 目も泳いでいるし、微かに震えているのも分かる。


 ……ただ、こんな頼りない姿を見せているロザリーさんだが、昨日の喫茶店での話によると、なんと最高到達階層は二十三階層で元Bランクパーティ所属。

 しかも、そんなパーティで副リーダーもこなしていたと言っていた。


 正直、こんなガッチガチなロザリーさんが、【青の同盟】さん達よりも到達階層が深く、パーティランクも高かったと言われても半信半疑となってしまうが……。

 ロザリーさんがギルド職員ということが、嘘を吐いていない何よりの証明になっているんだよな。


 まあこちらとしては、実力のある助っ人は非常に心強いし有り難い。

 ただ、事故を起こさないためにも正確な強さは推し測っておきたいところ。


 アルナさんに関しても、正確には実力を測りきれていないし、今日は互いに互いの実力を把握し合う日だな。


 今すぐにでもトビアスさんの情報を活用してみたいし、ダンジョン産の植物採取もしたいところだけど……焦りは禁物。

 今日は会話だけでは分からなかった部分の情報共有に、しっかりと時間を割こう。


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