第百九十九話 ロザリーの決意

※ギルド職員 ロザリー・マティック視点となります。



 副ギルド長に言われた通り、なるべく早く準備を整えた私は、穴埋めを行うパーティとの顔合わせに備えて静かに待つ。

 例のパーティとの顔合わせまでの期間は、ギルド職員としての事務仕事は免除してくれるようで、朝に顔だけ見せに行ったらすぐに帰宅という日々を過ごさせてもらった。

 

 もちろん、帰宅したといっても家でダラダラと過ごしていた訳でなく、体の鈍りや戦闘の勘を取り戻すために、トレーニングやダンジョンモニターで情報収集を自主的に行っていた。

 パーティの穴埋めを引き受けたのは、副ギルド長さんに言われて仕方なくだったけど……こうして周りの目を気にせずに準備を整えていると、段々と昔を思い出してワクワクが勝ってくる。


 副ギルド長さんの言っていた‟貴女にとっても悪い話ではない”という言葉を、私は早くも感じ始めていた。

 パーティが途中で瓦解してしまい、別のパーティを組む気の起きなかった私だけど……。

 無理やりにでもこうして再びダンジョンに潜る機会を貰ったのは、ある意味運命だといえるかもしれない。


 ……アルフレッドやライザへの罪悪感はあるけど。


 あとは穴埋めを行うパーティの人達が悪い人達でなければ、全て良い方に動くんだけど、冒険者というものは基本的に柄が悪いから期待をしてはいけない。

 そもそも、冒険者ギルドにパーティの穴埋めを頼むくらいだしね。

 期待はほどほどに、私はミスだけはせずに自分の仕事を全うすることだけを考えよう。


 そう気合いを入れた私は、自分の頬を軽く叩いて自主トレーニングに励んだ。



 それから数日後。

 私はいつものように朝の顔出しを行うと、とうとう副ギルド長さんから呼び出しを受けた。


 予想していたよりも大分早かったが、例のパーティとの顔合わせが決定したのだろう。

 班長に言われるがまま、恐る恐る副ギルド長室へと向かった。


「し、失礼致します。ろ、ロザリー・マティックです」

「どうぞ、入ってください」


 副ギルド長さんから入室の許可を貰い、私はぎこちない足取りで中へと入った。

 いつもの豪華な椅子に副ギルド長さんは座っており、様になっているせいで変な威圧感を感じる。

 表情は微笑んでいるんだけど、その微笑みがちょっと怖いんだよなぁ……。


「……? 私の顔に何かついてるでしょうか?」

「い、いえ!! な、なんでもないです!」

「でしたらいいのですが。……気を取り直して、早速本題に入らせて頂きます。察しはついていると思いますが、こうしてマティックさんを呼びだしたのは、本日お願いした例のパーティと顔合わせをしてもらうためです」


 やはり、そうなのか。

 正直、今日の今日でとは思っていなかったが、顔合わせなんてのは早いに越したことはない。

 私なんかは日にちが空けば空くほど構えてしまって、無駄に緊張しちゃうからな。


「きょ、今日なんですね。わ、分かりました」

「急で悪いですが前日に決まったものでして。ですので、本日は冒険者ギルドで待機して貰い、顔合わせに備えてください」

「た、待機ですね。りょ、了解致しました」

「ちなみに、パーティの穴埋めについての詳しい話は、こちらで既につけていますので安心してください。向こうの簡単な情報と致しましては、二人パーティの初心者。パーティリーダーは治療師ギルドで働いていたこともあるよう――」

「えっ!? 二人パーティなんですかっ!!」


 副ギルド長さんの衝撃の告白に、話を遮り大声を荒げてしまう。

 二人パーティということは、私含めて三人パーティということ。

 熟練の冒険者パーティならばまだ分かるが、初心者且つ急造のパーティで三人で挑むなんて、はっきりいって自殺行為でしかない。

 

「そうですね。向こうからは二人分の穴埋めを頼まれていたのですが、職員の人数の関係上そこまでの人員は割けませんので。もしかしたら、もう一人見つけている可能性はありますが……三人パーティだと思っておいてください」


 高まりつつあったテンションが、一気に落ちていくのが分かる。

 仕方ないとはいえ……三人での攻略か。

 私がパーティの穴埋めに抜擢された理由も、なんだか色々と合点がいった気がする。


「そこまで悲観しなくても大丈夫ですよ。無茶なことは出来ない契約ですし、向こうが無茶を強要した時点で契約は‟強制解除”となります。その時点でマティックさんは下りて頂いて結構ですし、こちらとしてもマティックさんは仕事をやり遂げたと判断致しますので、報告は逐一お願い致します」

「…………そ、そういうことでしたら、分かりました」

「理解頂けたのでしたら良かったです。これでお話は以上となりますので、例のパーティが訪ねてきましたらまたお呼び致します。それまではギルド内にて待機していてください」

「は、はい。し、失礼致します」


 常に微笑んでいた副ギルド長さんに挨拶をし、私は副ギルド長室を退出する。

 話を聞いた限り、見捨てられたという訳ではなさそうだけど、危険な役回りなのは間違いないだろう。

 

 副ギルド長さんの狙いは、恐らくだけど‟契約の強制解除”。

 詳しいことは分からないけど、副ギルド長さんは‟強制解除”にもっていきたがっているように感じた。


 ……まあ、そこら辺はなんとなく感じたことだし、私自身は契約の強制解除も出来る――ぐらいに考え、自分の安全を第一に動こう。

 情報を自分の中で整理したことで、少し心のゆとりを取り戻せたな。

 あとは、顔合わせに備えるだけだ。


 ……と、気合いを入れたのも束の間。

 副ギルド長さんとの話を終えてから、再び呼び出されたのはすぐだった。


 どうやら、例のパーティは朝一で訪ねてきたらしく、私の心の準備が整う前に顔合わせとなってしまった。

 副ギルド長さんと一緒に、呼ばれた依頼受付へと向かうと……そこには幼さの残る少年と、美人の兎人の女性が立っているのが見える。


 少年の方は見た目が子供だし優しそうなため一見、戦いに向いていなそうに見えたのだが、体はガッチリとしており戦闘で出来たであろう傷も多く見受けられた。

 兎人の女性の方は可愛らしい見た目とは裏腹に、立ち振る舞いで強者だということが一目で分かる。

 この二人とならば、三人パーティも安定するかもしれな——。

  

「お待たせしてすいません。私はこのランダウストダンジョン冒険者ギルド副ギルド長のアレックスと申します。そしてこちらが……」

「わ、私が! ぱ、ぱーてーの穴埋めをせ、せさせて頂きます! ロザッ、ッ!?」


 うぐぐ……。

 二人を見て色々と思考していたため、初っ端から思いっきり噛んでしまった。

 

 第一印象が大事だというのに……。

 せめて自分のタイミングで自己紹介が出来れば――じゃなくて、早く挨拶し直さないと少年が固まってしまっている。


「よ、よろしくお願いします! せ、精一杯頑張ります!」

「えーっと、こちらこそよろしくお願いします。あと、実はお名前が聞き取れなくて……申し訳ないんですけど、もう一度お名前を伺ってもよろしいですか?」

 

 私は恥ずかしさを忘れて自己紹介を無理やり続けたのだが、そんな少年の返しに顔から火が噴き出しそうなほど熱くなった。

 名前で噛んだら、そりゃ聞き直されるに決まってる。

 あがり症のせいで思考がぐちゃぐちゃとなっているが、なんとか冷静さを取り戻して名前を告げ直す。


「す、すいません……。ロザリー・マティックと申します。よろしくお願い致します」

「ロザリーさんですね。私はルイン・ジェイドと申します。ルインでも、ジェイドでも気軽に呼んでください。これからよろしくお願いします」


 少年は気を遣ってくれているのか、淡々と自己紹介を返してくれた。

 そして兎人の女性の方はというと、私には一切の興味がないのかずっと爪をいじっている。


「――えーっ、そして! こちらの女性は、同じパーティのアルナさんと言います」

「アルナさん……ですね! よろしくお願い致します」

「…………? よろしく」


 …………うん。

 パーティの穴埋め。それに三人パーティと聞いたから印象はかなり最悪に近かったのだけど、かなり良さそうな人達だな。

 

 少年は見た目通り、気を使ってくれる優しい性格のようだし、兎人の女性は他人に興味を持たないタイプの性格。

 どちらもあがり症の私からしたらありがたく、初心者パーティと聞いていたけど戦闘面でもかなり期待が出来そうだし。


「そうですか。それでしたら良かったです。……それでは、私はこれにて失礼させて頂きますね。本日は顔合わせのみでダンジョンには潜らないということですので、本日分の契約料はかかりませんのでご安心ください」


 私が二人を観察しながら好印象に思っていると、どうやら副ギルド長さんは形式的な会話を終えたようで、そそくさと立ち上がった。

 そして、バックヤードへと戻る際に私の肩を一度叩き、小さな声で‟頼みましたよ”と告げてから、行ってしまった。


「それじゃ、場所を変えて少し話をしましょうか。実は私とアルナさんも、先日パーティを組んだばかりなので、これからダンジョン攻略の方針等も話し合えればと思ってます。ロザリーさんは、お時間の方は大丈夫ですかね?」

「は、はい! 時間は大丈夫です!」

「良かったです。それじゃ、近くの喫茶店に移動しましょうか」


 副ギルド長さんが立ち去ってからすぐに、ジェイドさんが移動の提案をしてくれたため、私もすぐに乗っかる。

 今日は話し合いで、恐らく明日から本格的なダンジョン攻略が始まるのだろう。


 あがり症の方はダンジョンにさえ入ってしまえば大丈夫だろうし、顔合わせの印象的に攻略の方も低層階ならば問題なさそうに思えた。

 その事実にドン底に落ちていたテンションが、徐々にまた上がっていっているのが分かる。


 自分のためにも、このダンジョン攻略を全力で取り組もう。

 これから一緒のパーティとなる二人を見ながら、私は一人そう決意を固めたのだった。

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