第百九十八話 穴埋めの命令

※ギルド職員 ロザリー・マティック視点となります。



「……はぁー。また計算ミスをしたのか。こういったケアレスミス、職員になってから一体何度目だ? あれほど二重確認をしろって言っただろ。――おい、マティック! 聞いてるのか!!」

「ふぁ、ふぁい! き、聞いてます!! も、申し訳ございませんでした!」


 班長さんに呼び出されての説教は、今年に入ってもう二十三度目。

 この冒険者ギルドの職員となって二年目だけど、未だに入職したばかりの時と変わらない頻度でミスを犯してしまっている。


 理由は明白で、自分でもどうにも出来ないこの‟あがり症”のせいだ。

 私は昔から注目されることを苦手としていて、見られていると分かると心臓の鼓動が跳ね上がり、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。

 

 注目されることの少ない事務仕事ならば大丈夫だと思っていたのだが、研修の段階は教育担当者から直接指示を受けるため、近くで見られていると分かるや否やあがり症を発症しミスを連発。

 同期がどんどんと独り立ちしていく中、ミスの多い私だけは教育担当者が外れず、結局長い期間担当者がついたまま仕事を行った。


 それでもミスは減らず、とうとう愛想をつかされて教育担当者が外れる頃には、私は冒険者ギルドきっての出来損ないとして、冒険者ギルド内の注目の的となってしまっていたのだ。

 そこからはあがり症を発症してはミスをし、そのミスのせいで更に注目を集めるという負の連鎖が完成し、今現在へと至るという訳である。


「……だから、そうやって何度も何度も同じ――おいっ! また余所見していただろっ!! 話すらもちゃんと聞けないから、ミスを繰り返すんだろうが!」

「しゅ、すいません!!」


 冷静さを取り戻すために色々と考えごとをしていたのがバレ、私はすぐに謝罪をする。

 この怒声で再び私の頭はぐちゃぐちゃになり、全身から冷や汗が止まらない。


 あー、ダンジョンに潜っていた頃は楽しかったのになぁ。

 あがり症すらも忘れてしまうほど、ただひたすらに仲間のみんなと夢中になって攻略に挑んだあの日々。


「お話中のところ申し訳ありません。そちらのマティックさんに用があって来たのですが、少しお時間を頂いてもよろしいですか?」


 私がまた現実逃避をし始めかけた所に、後ろから班長さんの説教に割って入った誰かが私に声を掛けてきた。

 怒り狂っていた班長さんの顔が固まっているのを見て、私も慌てて振り返るとそこには、なんと副ギルド長であるアレックスさんが立っていた。


「ど、どうも、お世話になっております。副ギルド長! え、えーっと、このマティックに用事ですか……? ――な、何か問題でも起こしましたでしょうか?」

「いやいや、マティックさんが何か問題を起こした訳ではないですよ。少しお話があって来ただけですから、そう身構えなくて大丈夫です」

「そ、そういうことでしたら……はい。いくらでも時間を使っても大丈夫ですが……」


 私も班長さんと同様に、また何かやらかしてしまったのかと思ったが、どうやらそういう訳ではないらしい。

 ただ、何か問題を起こした訳でもないのに、こんな私に副ギルド長さんが一体何の用なのだろうか。

 ……すぐにクビもあるのではと考えて、余計に心臓が痛くなってきた。


「わ、わ、わひゃしに、な、何の用なのでしょうか?」

「……ふむ。詳しい内容については、少し場所を変えて話しましょうか。それではロビン班長。少しだけマティックさんをお借りします」


 副ギルド長さんは班長にそう告げると、踵を返して歩き始める。

 色々と悪いことが頭を巡り、いつも以上に脳みそが回っていないが、なんとか先を歩く副ギルド長さんの後を私は必死について行った。


 副ギルド長さんが向かった先は、どうやら副ギルド長室。

 こちらを一瞥することもなく入って行った副ギルド長室に、私も震える手でノックをしてから続くように入室する。


「悪かったですね。わざわざ場所まで変えて貰って」

「い、いえ! こ、こちらのことは——気にしないで頂いて大丈夫です!」

「そう言って貰えると助かります。それで、早速本題なんですが……」


 副ギルド長さんは、部屋の真ん中に置かれた立派な椅子に座り、机の上で手を組むと、早速本題を切り出してきた。

 こっちは全くもって心の準備が出来ていないのだが、淡々と話を進める副ギルド長さん。


「マティックさんにはギルド職員として、とあるパーティの穴埋めをしてほしいんです」


 思いもよらない言葉に、益々頭がついていかない。

 パーティの穴埋め……? そんなの聞いたこともないし、なんで私なんだ?


「ちなみに……提案という形でお願いしていますが、この一件については貴女に拒否権はないと思って頂きたい」

「…………えっ?」

「私はこの一年の業務成績を見て、君を選ばせて貰いました。入職してからミスを連発し、現場からの評価も低い。クビに最も近い人材に声を掛けたといえば分かりやすいでしょうか」


 穏やかな口調でそう告げてくる副ギルド長に、私は冷や汗が止まらない。

 要するにこのお話は、私がクビを回避するための最終勧告ということなのだろう。


 この話を拒否すれば即刻クビ。

 つまり私に拒否権はないということだろう。


「や、やりまひゅ! そ、そのパーティの穴埋め私にやらせてください!」

「ふふ、話が早くて助かります。私もそう言って貰えて良かったですよ」


 私が食い気味に返事をすると、微笑みながらそう喜んだ副ギルド長。

 脅しながらも表情や口調が穏やかなのが、心の底から怖い。


「少々発破はかけさせて頂きましたが、この話は貴女にとって本当に悪い話ではないと思いますよ。具体的な内容につきましては、この書類に記載してありますのでよく読んでから、準備が整い次第サインをして提出してください」


 そう言って引き出しから取り出され、机へと置かれたその書類を私は恐る恐る受け取る。

 今すぐにでも書類の内容を確認したいところだが、今は我慢して退出を許されるのを静かに待つ。


「わ、分かりました。な、内容を確認次第、さ、サインさせて頂きます」

「なるべく早めにお願い致しますね。それではもう要件は伝えましたので、退出して頂いても大丈夫です。……あっ、班長への事情説明は私から話しておきますので、今日はそのまま帰宅してくれて構わないですよ」

「え……。き、帰宅していいんですか……。わ、分かりました。し、失礼致します」


 副ギルド長さんに深々と頭を下げ、私は副ギルド長室を退室した。

 未だに何を言い渡されたのかは分からないけど、私に後がないということだけは分かっている。

 

 ミスばかり犯してきた私が、ギルド職員として働くためのラストチャンス。

 野垂れ死なないためにも、死ぬ気でやり遂げないといけない。


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