第百四話 最高の結果!
※王国騎士団隊長アイリス・キルティ視点
少年と話をするために、建物裏から場所を変えることとなった。
少年はグレゼスタ内の会話が出来そうなお店を提案してくれたのだが、私は立場上誰かに姿を見られたくない。
だからこそ、ランニングコースも人目のつかないコースを選んで走っている訳で……。
そんな私の我儘を少年に伝えると、少年は快く少年の泊まっている部屋へと招き入れてくれた。
少年が宿泊している宿は、内装も外観通りにボロボロだったが……初対面の私を部屋へと入れてくれただけありがたい。
歩く度に軋むボロ宿内を進んで行き、少年が寝泊りしている部屋へと辿り着いた。
案内されるがまま部屋の中に入ると、まず香ばしくとても美味しそうな匂いが私の鼻孔をつく。
この良い匂いは一体何なのだろうか……。
私は三食全て、ただのパンでも大丈夫なほどには食への執着がないのだが、この香ばしい匂いにはそんな私でも食欲がそそられる。
お腹が空いてくるが、表情には出さないように一つ唾を飲み込んで、少年が指示してくれた場所に私は腰を下ろした。
それと実はなのだが…………私は、今日初めて男性の部屋に入った。
小さい頃から剣だけを振ってきたし、王国騎士団に所属してからもただひたすらに上へと目指してきたため、‟恋愛”と言うものに一切の縁がなかったからな。
そのため……部屋主は一回りほど年の離れた少年だと言うのに、心臓がバックンバックンと激しく鼓動している。
そんな私の心情を悟られないように、必死に表情を作り、正面へと座った少年を見る。
互いに顔を見合ったまま、一向に会話が進まない。少年は何故かずっと私の顔を見ているし……。
この空気に耐え切れなくなった私は、こちらから話を振ることに決めた。
「……そんなにじーっと見られると恥ずかしいのだが。そんなに怪しまなくても、私は本当に王国騎士団の隊長だ。もし偽物の身分証だと疑っているのなら、兵舎を案内しても構わないぞ」
「いえ、疑っている訳ではないので大丈夫です! その鎧にも王国騎士団の紋章が刻まれているのを知っていますし、信じていますよ。……なにから質問しようかを迷っていただけです」
そう言葉を返してきた少年。
私に質問か……。どんな質問が飛んでくるのか、正直かなり不安だ。
「あの、俺を観察していたのはなんでか聞いてもいいですかね?」
うぅ……。初っ端から答えづらい質問が来た。
恥ずかしさで、段々と顔が熱くなっていくのが自分で分かる。
「…………私が王国騎士団の隊長だから……見ていないと言うのはなしか?」
「……そうですね。大分前から見られているなぁと思っていましたので……理由を教えて頂けると幸いです」
くぅ……。
やっぱり逃がしてはくれないみたいだし、大分前から気づかれていたのか。
もう全部バレているなら、正直に答えるべきだよなぁ。
逃げられないと悟った私は意を決し、素直に少年を観察していた理由を伝えていった。
顔から火が出そうなほど恥ずかしかったが、少年の方がそこまで大げさな態度を取ってくれずにいたのが救い。
…………少年がドン引きしていたら、私はショック死していたと思う。
それから色々な話をし、私が少年の剣捌きに技術が伴っていないことを伝えると、少し悲しそうな表情を見せた少年。
少し言い過ぎたかなと思うが、ここまで来たなら嘘偽りなく、事実をしっかりと伝えるべきだと私は思った。
「説明、ありがとうございました。キルティさんが何故、俺の特訓を見ていたのかは分かりました。……そこでなんですが、自分から一つお願いがありまして、良ければ聞いていただけませんか?」
顔色を窺いながらも事実を伝えた私に、唐突にそんなことを言いだした少年。
お願い……? こんな私にお願いなんてあるのだろうか。
「お願い? 内容にもよるが……一体、何のお願いなんだ?」
「実は、先ほどキルティさんが言っていた技術が伴っていないと言うお話、自分自身でも痛感している部分がありまして、少し前から剣術を指導して頂ける人を探していたんです。そこでなんですが、朝の時間だけでいいのでキルティさんに剣術を指導して頂けないかのお願いをしたくて……どうでしょうか?」
少年からその言葉を聞いた瞬間、それまでの身が縮こまるような思いとは一転し、飛び上がりたくなるほど歓喜の波が心の内から湧き出てくる。
私は遠巻きに少年を見ていて、ずーっと指導したいと思っていたのだから、この歓喜の気持ちも必然だろう!
願ってもない少年のお願いに、私はノータイムで許可しかけたのだが、既の所で言葉を止める。
――っと、危ない危ない。危うく交渉のチャンスを逃すところだった。
この少年なら言いふらすことはないと思うが、念のために今回の事件を口外しないことを条件に入れて交渉するべきだ。
「……だ、駄目だな。私も栄えある王国騎士団で隊長を任されている身だ。忙しいから指導は無理だが……まあ、君がどうしてもと言う——」
「それは、そうですよね。……無茶なことを頼んですみませんでした」
わざとらしく困った様子を見せてから、条件を出そうと思ったのだが、私が最後まで話を告げる前に少年がお願いを取り下げてきた。
二兎追う者は一兎も得ず。
そんな言葉が脳内を過ぎった私は、必死で食い止めに入る。
「……ん? おいおい、ちょっと待て。そんなに簡単に諦めていいのか!?」
「え、ええ。まあ。流石に初対面の人に剣の指導をお願いするのは、図々し過ぎたかなと思いましたし、冒険者に頼むと言う方法もありますので決して諦めてはないです!」
こ、これはまずい!!
もう口外されてもいいから、少年への指導だけはしたい。
そんな思考で脳が埋め尽くされるが、なんとか口には出さず平静を装う。
「ちょ、ちょっと待った! 私は指導をしないとは言っていないぞ!」
「えっ!? 今さっき無理って言ってたような……。えーっと、それじゃキルティさんが剣術の指導をしてくれるんですか?」
「ちょっと待て! 話を勝手に進めるな。指導してあげてもいいが、条件が一つだけあるんだ」
「条件ですか……? お金なら多少はあります!」
「子供からお金なんて取るか。私は王国騎士団の隊長だぞ」
「それでは、条件と言うのはなんでしょうか?」
「…………わ、私が君をストーカーしていたことを……誰にも言わないで欲しいんだ」
私が少しどもりながらもそう告げると、冷めたような表情で私を見ている少年。
その視線が少し痛いが……これは交渉を上手く進められるかもしれない。
「そんな約束をしなくても誰にも言いませんよ。安心してください」
ふぅー良かった。少し溜めてからそう言ってきた少年の言葉に、私はようやく一安心出来た。
優しい少年なら言いふらさないだろうとは思ってはいたが、こうして言質を取ることが大切。
少年に見つかってから、ずっと冷や冷やしていたことが解決し、私はホッと胸を撫でおろした。
「そうか。脅されることも覚悟していたからな……。君がゲス野郎でなくて助かったよ」
「脅すもなにも……ストーキングされているとは思っていませんでしたからね」
「そうか? 私は駄目なことだと思いながら、遠巻きで君を見ていたんだけどな」
もう口外されないのなら、隠す必要はない。
私は堂々とそう告げると、少年はまたしても冷めた目で私を見てきたが……もういいだろう。
剣の指導をすることも取り付けたしな!
「とりあえずそう言うことならば、約束通りに私がこれから剣を見てあげよう!」
私は笑顔で少年に剣の指導を引き受けることを告げる。
今まで遠巻きで見ていることしか出来なかったのに、今日の一件のお陰で少年に剣の指導が出来るようになった。
一時は本当に人生が終わったとまで思ったが……この結果は最高の結果なのではないだろうか。
ここ数カ月間、少年を観察しながら考えていた育成計画を、明日から行えると思うともう既にニヤニヤが止まらない。
まだ今日と言う一日は始まったばかりだけど……早く明日にならないかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます