第百三話 混乱の朝
※王国騎士団隊長アイリス・キルティ視点
早朝。
いつものように、小鳥のさえずりで私は目を覚ました。
まだ少し眠りたりないけど無理やりベッドから這い出て、そのまま洗面所へと直行すると、冷水で顔を洗って無理やり目を覚まさせる。
眠気を取った後、私は全身の凝りをほぐしながら、パンを焼いて朝食を取る。
まだ日が昇る前のためかなり肌寒い中、焼いた一枚のパンを一人もぐもぐと食べ終えてから、鎧を着込み準備万端。
さて、今日も早く少年の剣を見に行こうか。
もはや日課となっている少年の特訓見学に向かうために、私はルンルン気分で借家を飛び出て、ランニングしながらボロ宿前へと向かったのだった。
ボロ宿前へと着くと、今日は私が到着するよりも先に少年が剣を振っていた。
……いつもは私の方が早く着くんだけど珍しいな。
いつもよりも早く剣を振っている少年に、そんなことを思いながらも私は定位置となっている、ボロ宿の向かいにある建物の物陰へと入る。
ここの建物の所有者さんには、大分前にここを使わせて貰う許可を貰っている。
もちろん正確な理由は伝えてはおらず、王国騎士団の証明書を見せてトレーニングに使いたいと説明したら、快く許可してくれた。
騎士団の名前を悪用している形になっているが……こればかりは仕方がないだろう。
成長していく少年の素振りを見るのが、ランニングしている時よりも面白いのだからな。
今日も建物の影からバレないようにこっそりと盗み見ているのだが、私は少年の振りから感じる違和感に気が付いた。
いつもと違って剣の振りが鈍い……?
何か考え事でもしているのか、昨日と比べて鋭さのない雑な素振りを繰り返している少年に、喝を入れたくなってくる。
むむむ。しっかりと集中して振らないと怪我にも繋がるのに。
何故かやる気を見せない少年の特訓にやきもきしていると、突然木剣を腰へと納め、こちら側へ歩き始めた少年。
素振り中に移動すると言う初めての出来事に、どこへ行くのだろうと視線を送っていると、少年は通りを曲がらずにこっちに向かって歩いてきている。
――これはまずい!
バレる前に逃げようと背後を見るのだが、後ろは壁で囲まれていて逃げ場がない!
そんなこんなでバタバタしていると、少年が私のいる建物の前へとやってきてしまった。
少年にジーッと見られ、冷や汗が滝のように流れてくる。
これは終わった。弁明のしようもない現行犯で捕まってしまった。
「あの、少しお話させて頂いてもよろしいでしょうか?」
私が慌てふためいていると、少年の方から私に声を掛けてきた。
……お話させてもらっていい? 絶対に駄目だ!!
私は全力で首を振って、逃げるために少年の横を通ろうとしたのだが、両手を広げて進路を塞いできた少年。
なんでそんな意地悪をするのだろうか。
泣きそうになりながらも、逃げ場がないためジリジリと後退していくと、コツンと背中が壁にぶつかった。
逃げるのはむ、無理か……。これは、どうにかして言い逃れをしないといけない!
パニック状態に陥っているが現状をなんとかするため、私は口をとにかく動かす。
「わ、私は決して、君が毎日剣を振っているところなんて見ていないぞ!? こ、こ、ここには、たまたま通りかかっただけなんだ! ――うん、そう!たまたまだ!」
とにかく頭に思い浮かんだ言葉を発してみるが、少年の顔は浮かないまま。
私自身なにを言っているのか分からないが、仕方がないのだ。
焦りで一向に思考が回らない。
…………そ、そうだ! 私が王国騎士の隊長だと証明できれば、何とかなるんじゃないのだろうか!
この建物の使用許可も王国騎士の身分証を見せたから、なんとかなったんだしな!
光明を見つけたと思い、私は少年に突きつけるように自分の身分証を見せた。
「……あっ!そうだ! ほらっこれを見てくれ! 王国騎士団の身分証だ! ここに隊長って書いてあるだろう!? 私は王国騎士団の隊長なんだ!」
私は少年にドヤ顔で身分証を突きつけるが、それでも少年の表情は浮かないまま。
話を拒絶しても駄目。王国騎士だと証明しても駄目。
色々と思考を巡らすが……もう素直に自首するしか道が見えてこない。
「キルティさん。少し落ち着いてください」
私が涙目になりながら必死に自己弁護をしていると、少年が唐突に私の名前を出した。
少年の口から私の名前を聞いた瞬間に体も脳みそも固まり、吐き気が込み上げてくる。
「な、な、なんで……君は私の名前をし、知っているんだ!?」
私を捕まえるために、私のことを既に調べ上げていたのだろうか。
そうだとしたら、王国兵に私の情報と行動を報告されているのかもしれない。
もし報告されていたとしたら、私は隊のみんなから白い目で見られ……とかの次元じゃなく、王国騎士団を……クビ?
と言うか、私は捕まってしまう可能性もある……のかな?
女性初、しかも最年少で王国騎士団の隊長まで登り詰めた私が、ストーキング行為で逮捕。
名誉が一気に汚名へと塗り替えられる。
そんな考えうる最悪の事態が脳内を駆け巡ったところで、少年から言葉が飛んできた。
「いや、今さっきキルティさんが見せてくれた身分証に名前が書いてあったので! それよりも一度落ち着いて話をしましょう。ね?」
そ、そうだった!
私が自分で自分の身分証をこの少年に見せたんだった。
と言うことは……少年は私のことを調べ上げていなかったと言うことなのか?
最大の危機を免れたことに全身の力が抜け、腰を抜かしそうになる。
なんとか両足で踏ん張り、私は少年に言葉を返す。
「そ、そう言えば……そうだったな。……すまない、取り乱してしまった」
「大丈夫ですよ。俺は何かしようと思って話しかけた訳じゃないので、安心してください」
私が取り乱したことを謝罪すると、私を落ち着かせるために少年は笑顔で、優しくそう語りかけてくれた。
……色々と最悪の事態を想定していたのだけど、この少年はかなり良い子なのかもしれない。
今もパニックとなっていた私を必死に落ち着かせようと、笑顔で話しかけてきてくれている。
そんな少年の姿を見て、私は少しだけ安心し冷静さを取り戻したのだった。
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