第百二話 剣術指導のお願い
とりあえず、師事させて頂けないかのお願いだけはしてみよう。
断られてしまったら、仕方ない。別の人を当たろう。
やきもきしている……と言うことは、受けてくれる可能性だって高いはずだ。
「説明、ありがとうございました。キルティさんが何故、俺の特訓を見ていたのかは分かりました。……そこでなんですが、一つお願いがありまして、良ければ聞いていただけませんか?」
「お願い? 内容にもよるが……一体、何のお願いなんだ?」
「実は、先ほどキルティさんが言っていた技術が伴っていないと言うお話、自分自身でも痛感していまして、少し前から剣術を指導して頂ける人を探していたんです。そこでなんですが、朝の時間だけでいいのでキルティさんに指導をお願いをしたくて……どうでしょうか?」
俺がそう伝えると、花が咲いたような今日一番の笑顔を見せてくれたキルティさん。
しかし、すぐに咳払いをすると、困ったような表情へと変えてしまった。
口角は上がっているから、本気では困っていなさそうではあるけど。
「……だ、駄目だな。私も栄えある王国騎士団で隊長を任されている身だ。忙しいから指導は無理だが……まあ、君がどうしてもと言う——」
「それは、そうですよね。……無茶なことを頼んですみませんでした」
流石に初対面……みたいなもので、指導をお願いするのは図々しすぎたか。
指導してくれそうな雰囲気もあったし、許可してくれる可能性もあるかなと思っていたんだけどな。
「……ん? おいおい、ちょっと待て。そんなに簡単に諦めていいのか!?」
「え、ええ。まあ。流石に初対面の人に剣の指導をお願いするのは、図々しかったと思いますし、冒険者に頼むと言う方法もありますので決して諦めてはないです!」
俺がそう伝えると、キルティさんはあわあわとし始めた。
このお姉さん……面白いけど、ちょっと変わっている人なのかもしれない。
表情豊かで見ていて飽きないんだけど、あわあわし始めた意図が分からないなぁ。
「ちょ、ちょっと待った! 私は指導をしないとは言っていないぞ!」
「えっ!? 今さっき無理って言ってたような……。えーっと、それじゃキルティさんが剣術の指導をしてくれるんですか?」
「ちょっと待て! 話を勝手に進めるな。指導してあげてもいいが、条件が一つだけあるんだ」
「条件ですか……? あっ!お金なら多少はあります!」
「子供からお金なんて取るか。私は王国騎士団の隊長だぞ」
そう自信満々に答えたキルティさん。
王国騎士としての信念があるのか、キッパリとそう宣言した姿はカッコいいなと思えた。
「それでは、条件と言うのはなんでしょうか?」
「…………わ、私が君をストーカーしていたことを……誰にも言わないで欲しいんだ」
…………うーん。前言撤回かなぁ。
顔を赤らめて俯いている様子は可愛らしいが、先ほどまでの王国騎士団の隊長としての威厳が、一切見えなくなってしまった。
と言うか、そんな約束なんてしなくても、俺は誰にも言うつもりはない。
そもそもストーキングされてるとは感じていないし、それに俺自身も最初の頃は、ランニングしていたキルティさんを目で追っていた訳だしな。
「そんな条件がなくても誰にも言いませんよ。安心してください」
俺がそう笑顔で伝えると、ホッとした様子で胸を撫でおろしたキルティさん。
やはり隊長としての威厳を保たないといけない……みたいなものがあるのだろうか。
「そっかぁ。脅されることも覚悟していたからな……。君がゲス野郎でなくて助かったよ」
「脅すもなにも……ストーキングされているとは思っていませんでしたからね」
「そうか? 私は駄目なことだと思いながら、遠巻きで君を見ていたんだけどな」
可愛らしい笑顔でそう言ったキルティさん。
俺が脅す気がないと分かって、もう完全に吹っ切れたみたいだ。
あわあわしていた様子も面白くて好きだったんだけど、この様子じゃもう見れなさそうだな。
「とりあえずそう言うことならば、約束通りに私がこれから剣を見てあげよう! 毎朝、いつもの時間にこの宿屋前で大丈夫かな?」
「はい! キルティさんよろしくお願いします!」
「ふふ、君が私の初弟子だ。そういえば自己紹介をしていなかったな。君はもう知ってるかもしれないが、私の名前はアイリス・キルティ。王国騎士団の第一隊隊長を務めさせてもらっている。年齢は27歳で王国騎士団最年少且つ、初の女性隊長となった者だ」
おおー! 肩書きが凄いな。最年少で初の女性隊長。
最初の対応がアレだったせいで、俺の中でどことなく変人と言うイメージがついてしまっているが、キルティさんはかなり凄い人なんじゃないだろうか。
これは……かなりツイているのかもしれない。
かなりの実力者なことが予想でき、更には俺の剣をこの四カ月間ずっと見ている訳だから、もう既に俺の修正点を把握しているはず。
明日にでも本格的な指導を期待できそうだ!
「本当に凄い肩書きですね。最年少で初の女性隊長なんて驚きです!」
「まあ、その分プレッシャーとかもかなりあるんだがな。……とまあ、私のことはここらへんにして、君の自己紹介をしてくれないか?」
「あっ、はい! 俺はルインと言います。薬草採取で生計を立てていまして、今は自立ができるように特訓しているんです」
「ルインか、いい名前だな。それにしても……ルインは随分と変わったお金の稼ぎ方をしているようだな。植物採取で生計を立てていることについてを詳しく聞きたいところだが、今日はこのくらいにしようか」
「そうですね。もうかなり時間も経ってしまっていますし、今日は解散にしましょうか」
「ああ。ルインとは前々からずっと話したいと思っていたから……かなり焦ったが、今日話しかけてきてくれて良かったよ。それに家にまで上げてくれてありがとう。明日からしっかりと指導させてもらう」
「はい! よろしくお願いします!」
こうして俺は、キルティさんと言う王国騎士団の隊長さんに、剣術の師事を乞うことに成功した。
少し変わった人だけど、決して悪い人じゃないし実力も恐らく申し分ない。
かなり変な出会い方ではあったが、こうして縁が繋がったからには、大事にしていこうと心に決めた。
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