第百一話 見ていた理由
向かい合った状態でしばらく沈黙の時間が流れる。
こうして改めてじっくり見ると、やっぱり綺麗な人だよなぁ。
青みがかっている黒髪に大きな目。鼻は程よく高く、口は小さい。
騎士と言う割りにその綺麗な顔には傷一つなく、鎧を着ていなかったら俺も王国騎士団だとは絶対に思えていなかったと思う。
ただ、顔には傷はないものの手や腕には傷が見えるし、その手のひらは長年剣を振ってきたことが分かる、容姿には似合わないゴツゴツとした手をしている。
こういった部分をよく見ると、しっかりと騎士なんだなと言うことが分かる。
「……そんなにじーっと見られると恥ずかしいのだが。そんなに怪しまなくても、私は本当に王国騎士団の隊長だ。もし偽物の身分証だと疑っているのなら、兵舎を案内しても構わないぞ」
「いえ、疑っている訳ではないので大丈夫です! その鎧にも王国騎士団の紋章が刻まれているのを知っていますし、信じていますよ。……なにから質問しようかを迷っていただけです」
さて、本当になにから質問をしようか。
この流れでいきなり剣の指導を願い出るのは、流石におかしいよな。
まずは、なんで俺を観察していたのか聞いてみようか。
「あの、物陰から見ていたのはなんでか聞いてもいいですか?」
俺がそう伝えると、クールな表情をしていたキルティさんの顔がみるみる赤くなっていった。
やはり見ていたことを話すのは恥ずかしいようだな。
「…………私が王国騎士団の隊長だから……見ていないと言うのはなしか?」
「……そうですね。大分前から見られているなぁと思っていましたので……理由を教えて頂けると幸いです」
部屋に上げたばかりの時は凛々しい姿を見せていたのだが、今ではまた顔を俯かせてもごもごとしている。
なんだか悪いことをしている気分に陥ってくるな。
そこまで喋るのが恥ずかしい理由でもあるのだろうか。
「…………剣を……見て……いたんだ」
「えっ? すいません、ちょっと聞き取れなくて」
「剣を見ていたって言ったんだ。……最近ずっと宿屋の前で木剣を振っていただろう?」
剣を見ていた……?
どういうことだろう。理由を聞いても全く分からない。
「剣を見ていたって言うのは、俺の朝の特訓を見ていたってことですか?」
「ああ、そうだ」
「……その理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「理由は特にないぞ。ランニングをしていて、たまたま目に止まったってだけだ」
理由は特になしで、あんなにガン見してくるのか……。
騎士団の隊長って意外と暇な役職なのかなと思いつつも、もう少し込み入った質問をしてみようか。
なんとなくだが、光明が見えた気がするのだ。
俺の剣を見ていたとするならば、少なくとも俺の剣捌きが気になったと言うこと。
もし、俺の剣に才能を見出してくれていたのなら、引き受けてくれる可能性が少しだけど出てきた。
「なにか俺の特訓で気になった点があった……とかなんですかね?」
「そうだな……。一言で言うなら子供の遊びの延長線上って感じで、目を引いたな」
子供の遊びの延長線上。その一言が心にグサリと刺さった。
目に止まったと聞いたから、てっきり褒められると思っていただけに心のダメージが大きい。
「こ、子供の遊びですか……」
「まあ、そうだな。全てにおいて動きに無駄が多いし、変な癖もついているようにも見えた」
うぐぅっ。
先ほどまで俺が攻めていた感じだったのだが、完全に攻守交代した。
自分ではかなり素振りも様になってきたと思っていたが、傍から見たらそんなに駄目駄目だったのか。
「……ただ、ずっと見ていたから分かるが、君に戦闘の才能はあると思う。だからこそ、そのちぐはぐさに目がいってしまったって感じだな」
下げてから少し褒められ、ちょっと……いや、かなり嬉しくなっている自分がいる。
腕を組みながらそう語るキルティさんを見るに、お世辞では決してなさそうだし、これは素直に受け止めていいのだろうか。
「それじゃキルティさんが毎日見ていたのって、才能があるのに技術が伴っていないからってことですかね?」
「…………毎日は見ていないぞ? 三日に……二日に一回くらいだと思う」
「あの、そこはどっちでも大丈夫ですので、質問に答えて頂けると嬉しいです」
変な訂正を入れてくるキルティさん。
と言うか、確実に毎日来ていたはずなんだよなぁ。
「んんッ、まあそうだな。君に剣術の指導者がいればもっと伸びるのにと、やきもきしながら私は見ていた」
そう言うと、一口紅茶を啜ったキルティさん。
やはり、俺自身感じていたけど、第三者から見ても剣の技術が足りないことは分かるんだな。
今日話してみて断られたら、このまま特訓を続けていてもいいのではないかとも、半分くらいは思っていたのだが、キルティさんの話を聞いて絶対に指導はしてもらわないといけないと俺は思った。
それに、そのことを的確に見抜き提案してくれた、キルティさんへの信頼もかなり高くなっている。
キルティさんがもし俺の依頼を受けてくれるのであれば、この人から剣術を学びたい。
実際に話してみて、俺はそう思えた。
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