第百話 王国騎士団のお姉さん

 

 その日は予定通り、剣のメンテナンスを行ってから、クライブさんのところでグルタミン草の売却を行った。

 そして、そのままその日はやることもなくなってしまったため、宿に帰って筋トレをし……その翌日。


 今日は王国騎士団のお姉さんに声を掛けるため、いつもよりも早く起きて待つことにする。

 俺が何食わぬ顔で剣を振っていると……ランニングをしている王国騎士団のお姉さんがやってきた。

 そして、お姉さんはそのまま向かいの建物の物陰へと入ると、いつものようにひょっこりと頭だけ出してこちらを見ている。


 今までは目線を合わせないようにしていたため気づかなかったが、本当にジーッと観察しているように俺を見ているな。

 あまりに真剣な表情で見ているため、思わず笑ってしまいそうになる。

 笑いを堪えながら俺は木剣を腰に差し、向かいの建物からこちらを見ている王国騎士団のお姉さんの下へと歩く。


 これから会話するとなるとかなり緊張しているのだが、俺がこっちに向かって歩いていると気づいた王国騎士団のお姉さんは、俺以上に酷く慌てふためいている様子。

 立ち姿は凛としていてクールな佇まいなのに、相反してあわあわしている様子が面白くて、俺の方の緊張は大分解けてきた。


 王国騎士団のお姉さんの前へと辿り着いた俺は、あわあわしているお姉さんに早速話しかける。

 

「あの、少しお話させて頂いてもよろしいでしょうか?」


 驚かせないように、声のトーンを少し落として話しかけると、首をブンブンと激しく横に振った王国騎士団のお姉さん。

 ……これは困ったぞ。てっきり話は聞いてくれると思ったんだが。


 ただ、俺も剣の指導の依頼は受けてくれないにせよ、せっかく勇気を出して話しかけたのだし、なぜ毎日俺を見ているのかだけは絶対に聞きたい。

 そんな考えから無言のまま逃げ出そうとする王国騎士団のお姉さんの進路を、俺は両手を広げて塞ぐと、そんな俺に驚愕の表情を浮かべながら後ろへとじりじり後退していくお姉さん。

 

 ここは建物の物陰のため、後ろには退路がない。

 流石に逃げられないと悟ったのか、王国騎士団のお姉さんがようやく口を開いた。


「わ、私は決して、君が毎日剣を振っているところなんて見ていないぞ!? こ、こ、ここには、たまたま通りかかっただけなんだ! ――うん、そう!たまたまだ!」


 凄い早口で、捲くし立てるように俺にそう言ってきた。

 別に俺は問い詰めようなんて思っていないのに、何故か王国騎士団のお姉さんは凄い自己弁明をしている。

 と言うか……俺が毎日剣を振っていることを知っている時点で、その弁明は無理があると思うんだけどなぁ。

 

「いや、あの質問がしたいだけで俺はまだ何も——」

「……あっ!そうだ! ほらっ、これを見てくれ! 王国騎士団の身分証だ! ここに隊長って書いてあるだろう!? 私は王国騎士団の隊長なんだ!」


 そう言いながら、俺に近づいてきた王国騎士団のお姉さんからは、フローラルで良い香り匂いがする。

 匂いに気を取られないようにしながら、見せてきた身分証を確認すると、確かにその身分証は王国騎士団のものであり、更には‟隊長”と言う肩書が書かれていた。

 鎧の紋章で王国騎士団に所属していることは分かっていたが、このお姉さん……王国騎士団の隊長さんだったんだ。


「あの、ちょっと話を……」

「王国騎士団の隊長である私が、君のような少年をストーキングする訳がないだろう? ……これでどうかな? 私を見逃してくれるかなぁ?」


 もはや自分でも何を言っているのか分からなくなっているようで、目をグルグルと回しながら、涙目で俺にそう懇願してきている王国騎士団のお姉さん。

 これは隊長と言う立場だからこそ、なにか問題を起こしてはまずいと言う焦りからなのかもしれない。


「キルティさん。少し落ち着いてください」

「な、な、なんで……君は私の名前をし、知っているんだ!?」

 

 目にはいっぱいの涙を溜めて、今日一番の驚いた表情を見せたキルティさん。

 本当に錯乱しているみたいだな。


 キルティさんは、今さっき俺に身分証を見せてくれたことすら、頭からなくなってしまっているようだ。

 身分証にはもちろん名前が書かれており、そこにははっきりとアイリス・キルティとお姉さんの名前が書かれていた。

 

「いや、今さっき見せてくれた身分証に名前が書いてあったので! それよりも一度落ち着いて話をしましょう。ね?」

「そ、そう言えば……そうだったな。……すまない、取り乱してしまった」

「大丈夫ですよ。俺は何かしようと思って話しかけた訳じゃないので、安心してください」


 それからキルティさんが落ち着くまで、他愛もない話をした後に場所が場所なため、一度場所を移すことになった。

 俺は真向いにあるボロ宿の自分の部屋へ案内してから、クライブさんお手製の紅茶をキルティさんに入れてあげる。


 流石に知り合ったばかりの人を、この部屋に通すのはどうかと思ったのだが、キルティさんがグレゼスタ内のお店には行けないと言うことなので、仕方なく部屋へと通したのだ。

 歩く度にギシギシと言うボロ宿を人に案内するのは、少し恥ずかしいな。


「すいません。部屋が汚くて」

「いや、私には気を遣わないでくれ。身勝手な我儘に答えてくれて、部屋へと上げてくれただけでこちらとしてはありがたいからな」


 さっきまで慌てふためいていた様子は一切なく、凛とした喋り方でそう言ってきたキルティさん。

 まさに王国騎士団の隊長さんって感じの佇まいだ。

 恐らくだけど、こっちが普段のキルティさんなんだろうな。


 ……ただ、まだキルティさんの頬が赤いままなのが、少し締まっていない。


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