第百五話 王国騎士団隊長の実力


 キルティさんに師事することが決まった、その翌日。

 目を覚ましてから、すぐに準備をして外に出ると、ボロ宿前で腕を組みながら仁王立ちしているキルティさんの姿が見えた。

 今日も昨日に引き続き、いつもより早めに外へと出てきたのに、キルティさんのが早かったか。


 俺がボロ宿から出てきたのを見つけたのか、キルティさんは口元をニヤリとさせ笑った。

 キルティさんは、何故か俺以上に気合いが入っている様子。


「キルティさん、おはようございます。今日からよろしくお願いします!」

「おはよう、ルイン。気合い入れて鍛えていくから、音を上げずにしっかりとついてくるんだぞ」

「もちろんです! こちらから指導をお願いしたのに音なんか上げませんよ!」


 俺が元気よくそう伝えると、キルティさんは満足そうな表情で頷いている。


 ……昨日も疑問に思ったんだけど、俺がキルティさんのことを口外しないと言う条件があるとは言え、無償で指導をさせてしまっているのに、なんだかめちゃくちゃ嬉しそうなんだよな。

 普段のキルティさんを知らないから、これがいつもの表情なのかもしれないけど。


「よしっ! 良い返事だ。それじゃ早速だが始めるか。一先ず、いつものように剣を振ってみてくれないか?」

「分かりました」


 キルティさんに指示された通り、俺はいつもの要領で素振りをはじめる。

 間近で腕を組みながら見られているため、変に緊張してしまうがいつものように意識をしないようにし、木剣を振る。

 最初は見られているせいでぎこちなかったものの、剣を振ることだけに意識が向き始め、しっかりとした振りが出来始めてきた。

 これはいい調子だ……そう思った瞬間に、キルティさんからストップの声がかかった。


「はい。そこまでで大丈夫だ。……やはりルインは、剣の振り方に変な歪みがあるようだな。集中すればするほどその歪みが酷くなっているのだが、その事には自分で気づいてはいるのか?」


 キルティさんからのそんな変な質問だったのだが……俺は心当たりがあった。

 手本と言う手本が間近にいなかった俺は、昔に見たアーメッドさんの剣の振り方を模倣して普段から振っている。


 そして集中すればするほど、アーメッドさんの振り方に近づけていると思っていたのだが……これがキルティさんの言う歪みなのだと俺は感じた。


「はい。とある人の剣の振り方を参考にしているんですが、それが歪みと言うものなのかもしれません」

「ルインが参考にしている人を私は存じ上げないが、その人の剣は一度頭から消した方がいい。その人の振り方はまさに自己流で、自分だけに合ったやり方なのだと私は思う。……そして確実に言えることは、その振り方がルインには合っていないということだ」


 キルティさんにキッパリとそう言われてしまった。

 ここまで明確に合っていないと断言するとは、本当に俺には合っていない振り方なのだろうな。

 アーメッドさんの性格も考慮すると、キルティさんの言う通り、自己流を磨いていったというのが一番しっくりくるし、それを言い当てたキルティさんの慧眼に俺は驚く。


「それでは俺はどうすればいいのでしょうか。……恥ずかしい話ですが、まともな剣の指導をして貰ったことがなくて」

「大丈夫だよ。そんなルインの指導をするために、私はここにいるのだからな。それじゃ一度、手本を見せるからその振りを真似するように剣を振ってみてくれ」


 キルティさんはそう言ってから、腰から木剣を引き抜くと、軽い感じで上段からの振り下ろしを行った。

 剣を腰から抜き、振り上げて下ろす。

 実にシンプルな動きなのだが、流れるような一連の動作には一切の無駄がない。


 見惚れてしまうほど——洗練され、研ぎ澄まされた一振りだった。

 これだけ綺麗に剣を振ることが出来たら、きっと見えている世界も違ってきっと楽しいのだろう。

 俺は今の一振りを見て、そう感じた。


「――ふぅ。どうだった? これが基本の斬り下ろしだ」

「はい! カッコよかったです!」

「……いや、カッコ良かったかどうかを聞いたんじゃなくてだな。まあ、そう思ってくれたなら嬉しいが、この斬り下ろしを真似できそうかどうか聞いたんだ」

「脳に映像がこびりついていますので、多分真似できると思うのですが……一回試してもいいですか?」

「ああ。やってみるといいぞ」


 キルティさんから許可を貰ったため早速さっき見た通りに、俺は剣を振り上げてから下へと振り下ろしたのだが。

 …………言葉を失ってしまうほどに全然駄目だ。


 先ほどのキルティさんの素振りと比べると、自分の視点からだけでも剣の振りが汚いのがよく分かる。

 第三者目線ではもっと汚く見えているだろう。


「……ダメダメですね。これっていつかは、綺麗に振れるようになるのでしょうか?」

「ルインは変な癖が染みついてしまっているからな。少し時間はかかるだろうが、少しずつ矯正していけば、きっとちゃんとした素振りが出来るようになる」


 キルティさんがそう言ってくれてホッとした。

 剣の稽古を初めて約4カ月。一応、【青の同盟】さん達に教わった素振りの仕方をやっていたが、修正してくれる人がいなければそりゃドンドンと崩れていくよな。

 素人が自分流でやることの危険さに、まだ始めてから数ヶ月という早い段階で気づけてよかった。


 それと、俺の中でのキルティさんの評価がグンと上がった。

 変わった人だし少し心配ではあったのだが、すぐに間違いを指摘してくれた慧眼。

 それから、見惚れてしまうほどに洗練された振り下ろし。

 

 木剣であろうが、魔物でも簡単に斬れてしまうのではないかと言う程の一振りだった。

 最年少で隊長の座に上り詰めたと言う実力が本物だと言うことを、この短い時間で痛感させられたな。


 ただひたすらに、このキルティさんについていけば、俺は確実に強くなれるはずだ。

 改めて思えば、王国騎士団の隊長さんに剣術を指導してもらうなんてチャンスはもう二度とないだろうし、見放されないように全力で頑張ろう。


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