第百六話 初日の指導が終わって……
それからキルティさんの指導の下、素振りを続けて行く。
今までは対人や対魔物を想像しながら剣を振っていたため、素振りもかなり楽しかったのだが、今日は綺麗に振ることを意識して剣を振っているため、いつもよりも格段に楽しくない。
それに…………
「ルイン、また剣がブレているぞ。正しい動きを体に染みこませなきゃいけないのだから、丁寧に剣を振らないと駄目だ」
「はい! 気をつけます!」
少しでも剣の振り方がブレると、キルティさんから厳しい言葉が飛んでくる。
何も考えない流れ作業は得意なのだけど、この素振りは脳みそをフル回転させないといけないため、精神的な疲労がかなり蓄積されていっている。
型が崩れないように、頭のてっぺんから足の先までを意識して動かさないといけないからな。
体はあまり動かしていないのに疲労はいつも以上に溜まり、全身から流れる汗もいつも以上に多い。
その大量に流れてくる汗にも気を取られ、また素振りが乱れると言う悪循環に陥り始めた。
「少し休憩をしようか。集中力が切れているようだ」
俺が集中力を維持するのに手こずっていると、キルティさんがストップの言葉を掛けてくれた。
その言葉で、俺は今日初めて全身の力を抜くことができた。
体の内に溜まった熱を吐き出すように深呼吸をしてから、地面に腰を下ろす。
ここまで素振りをした時間は、まだ1時間も経っていないほど。
振った回数もいつもの10分の1にも満たないのに、俺の体は異常なほどに疲れている。
座ってもダラダラと流れてくる汗を拭いながら俯いていると、キルティさんが俺の下へと歩いてきた。
「水だ。飲むといい」
「……ありがとうございます」
「大分疲れている様子だな。今日はこの辺でやめておくか?」
「疲労はかなり溜まっていますね。体を意のままに動かすことが、こんなに大変だったなんて初めて知りました。……ですが、まだやめませんよ。貴重なお時間を頂いている訳ですし、俺もまだまだいけるので!」
空元気でガッツポーズを見せると、キルティさんは優しく笑った。
付き合ってくれているキルティさんのことを考えれば、途中でやめると言う選択肢はありえない。
頂いた水を飲んでから、自分で自分の気合いを入れ直し、俺は再び素振りを始めるのだった。
★ ★ ★
「よしっ! 今日はここまでにしよう。ルイン、よく頑張ったな」
三時間に及ぶ素振りがようやく終わった。
この三時間、常に全身に力を入れていたため、疲労で全身の筋肉が痙攣してしまっている。
俺はほぼ毎日、素振りに筋トレを行っていたのだが、こんなに疲労を感じたことは始めてだ。
「……はぁー、……ふぅー。……キルティさんも、ありがとう……ございました」
「無理に喋らなくても大丈夫だぞ。……一定の動きを続けると言うのは疲れるだろう? いつもは無意識に体にかかる負担をばらけさせて、疲労が溜まりにくくしているからな」
……なるほど。
確かに普段立っているときですら、どちらかに重心を置いて片足が疲れたら、もう片足に体重を乗せる……という行為を無意識の内でやっていた。
この素振りが、ここまで疲れる理由はそういう理由だったんだな。
「ただ、疲れていると言うことは、しっかりと同じ姿勢で振れていた証でもあるからな。変な癖があっただけに大変だっただろうが、ルインは良く頑張ったよ」
キルティさんは、地面に腰を下ろしている俺の視線まで腰を落として、笑顔で褒めてくれた。
剣を振っているときはキツい言葉しか飛んでこなかったため、そのギャップで普通に褒められるよりも何倍も嬉しく感じる。
「……キルティさん、……ありがとうございます。……あのよろしければ明日も、指導お願いできますか?」
「ああ、もちろんだよ。ルインが強くなっていく姿を見るのは、私としても心躍る物があるからな。是非、ルインが満足するまで付き合わさせてもらうよ」
「……ありがとうございます。……キルティさんの期待に応えられるように……絶対に強くなりますので」
「ふふっ。その言葉期待しているぞ。是非とも私を凌駕する戦士となって……私と戦ってくれ」
こうして俺は初日の指導を無事に終えることが出来た。
想像の何倍も大変だったが、なんとか最後まで食らいつくことは出来たと思う。
その疲労の分だけ、今日の特訓は自分の糧となった。
素振りもまだまだだが、軸だけはブレずに振れるようになったし、今日だけでも成長出来たと感じられている。
なによりもキルティさんの指導が良かった。
指摘も細かく、少しでも気を抜いた瞬間に指示が飛んでくるため、無意識下で気を抜くことすら許されなかったからな。
このままキルティさんの指導についていけば、近い将来にしっかりと剣を扱えるようになる。
そう確信を持てるくらいには、今日だけでキルティさんの評価が非常に高まった。
……王国騎士団の隊長さんで剣術が達人並み。
更に指導も上手く、慧眼の持ち主で美人って……。改めてとんでもないスペックだよな。
ファーストコンタクトはあまりにも酷かったが、俺はとんでもない人と知り合いになれたのかもしれない。
仕事に向かうと言って去っていくキルティさんに対し、俺はそんなことを思いながら、感謝の言葉を述べて見送ったのだった。
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