第百七話 新たなトレーニング
キルティさんの指導を受け始めてから、約二週間が経過した。
最初は全身を意識し、体を強張らせながら行っていた素振りも、今ではあまり意識せずとも綺麗な素振りが行えている。
キルティさんからの指摘も日に日に少なくなっていて、昨日の自分よりも成長していることが分かり、楽しくなかった素振りが楽しくなり始めてきた。
まだまだキルティさんの振りには程遠いけど、このまま続けて行けば到達できる。
そう思えるくらいには成長出来たし、初心者からは脱せれたのではないかと思う。
「よしっ! 今日の素振りはこの位でいいだろう」
このまま素振りを続けていけば、キルティさんの域までいつかは到達できるかもしれない。
そんなことを考えていた矢先、キルティさんが素振りをしていた俺にそんな言葉を言ってきた。
「えっ……?なんででしょうか? 自分的にはまだまだやり足らないのですが」
「今日からは素振りだけでなく、新しいことも始めていこうと思っている」
「……新しいことですか?」
「ああ、実戦練習だ。ルインは素振りが完璧に行えるようになりたい訳じゃなくて、強くなりたい訳だろう?」
「ええ、そうですね。強くなりたいです!」
「だから、実戦練習が必要なんだ。ルインの素振りを見てても思うが、一般的な人と比べて圧倒的に戦闘の場数が足らなすぎる。それはルインも分かっているだろ?」
キルティさんの言う通り、確かに俺は戦闘を両手で数えられる程しか行っていない。
対人戦なんか一度もやったことがないし、魔物もアングリーウルフをまぐれで二匹討伐したのと、コボルトやゴブリンの下級魔物に複数回戦闘を行っただけで、圧倒的に場数が足りていないのは自分でも思う。
「そうですね。……確かに俺は戦闘をした経験が少ないです」
「だからこそ、実戦を行って経験を積んだ方がいいんだよ。素振りよりも何倍も経験が身に付くからな」
「それなら是非、実戦トレーニングをやりたいです。それで、その戦う相手っていうのはもしかして……」
「ああ、私だよ。こう見えても私は剣だけでなく、槍に棍に短剣、それから槌に鞭なんて言う特殊な武器も扱えるからな。対人の実戦の練習相手としては申し分ないと自分ながらに思う」
今出てきただけでも、六種類の武器をキルティさんは扱えるのか。
あの口ぶりから察するに、まだまだ別の武器が使えそうな感じもする。
剣だけとっても達人級なのに、他の武器まで扱えるなんて凄すぎるな。
キルティさんは俺に戦闘の才能があると言ってくれたが、本当に才能があると言うのはキルティさんのような人を指すのだろう。
「……それは心強いですね。是非とも、俺の相手をしていただけたら嬉しいです」
「ふふっ、私もルインと剣を交えるのは楽しみにしていたからな。気合いを入れてやらせてもらおう」
蠱惑的な笑みを浮かべながら、そう言ってきたキルティさん。
そんなキルティさんの表情に背筋がゾクッとする。
そう言えばこの間、‟私を凌駕する戦士となって、私と戦ってくれ”と言われたことを思い出した。
この発言を加味しても、キルティさんは生粋の戦闘好きな可能性があるかもしれない。
無償で指導しなきゃいけないのに、ここまで楽しそうに指導してくれているところからも、なんとなくだけどそんな感じがしている。
「ということだから、これから素振りに加えて朝の時間は私と模擬戦を行ってもらう。それでルインも大丈夫かな?」
「もちろんです。是非、よろしくお願いします!」
「よし、良い返事だな。それじゃ早速だが、私と一戦交えようか。今日は剣しか持ってきてないから剣で相手取ることになるが……安心してくれ。ちゃんと手加減はするから」
俺が剣でキルティさんと戦うという事実に、体がビクッと跳ねたことに気づいたのか、キルティさんは手加減すると言葉尻に付け足した。
手加減するという言葉にホッとしたのが半分。そして手加減される悔しさ半分。
なによりもまず、ホッとしてしまった自分が恥ずかしいな。
「……よろしくお願いします。俺は勝つ気で行きますので!」
「私も負けない程度には力は出させてもらう。それでは早速だが、始めようか」
そう言ったキルティさんと少し距離を取り、向かいあってからお互いに剣を構えた。
こうして向かい合ったから感じるが、やはり構えからしてキルティさんが普通ではないことが分かる。
ゆったりと構えているように見えるのに、その立ち姿に一分の隙も無い。
キルティさんはアングリーウルフよりも、圧倒的な威圧感を放っているように感じる。
初めての対人戦。その初めての相手がキルティさん。
想像ですら、勝てるイメージが湧いていないが、戦う前から諦めるつもりはない。
四カ月かけて身体は作ってきたし、この二週間で剣の振り方を身に着けた。
負けるにしても、俺が成長したことをキルティさんに見せるために、自分の出来ることを全てぶつけよう。
ふぅー。
俺は大きく一つ深呼吸をしてから、俺はゆっくりと距離を詰めていく。
こうして、俺とキルティさんによる模擬戦が始まったのだった。
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