第百八話 模擬戦


 ゆっくりと距離を縮めながら、動き出すのを警戒していたのだが……キルティさんはニヒルに笑っているだけで一向に動く気配はない。

 どうやら俺から打ち込んで来いと言っているようだ。

 

 それならば、遠慮なく全力で打ち込ませてもらおうかな。

 俺は剣の届く距離まで詰めて、踏み込みと同時に散々練習した上段からの斬り下ろしを行う。

 

 人間相手に全力で行うと言うのは少なからず抵抗があるものなのだけど、キルティさんなら大丈夫と言う信頼があるため、自分の最大限の力をぶつける。

 完璧な踏み込み、そして練習で行った素振り通りの完璧な斬り下ろし。


 俺の力が無駄なく木剣へと伝わり、キルティさんへと襲い掛かった。

 ――のだが、キルティさんは一歩も動かないまま、何食わぬ表情で俺の一撃を止めた後、鍔迫り合いの状態から即座に押し返され、俺はバランスを崩し転倒しかける。

 

 …………明らかにおかしい。

 振り下ろした剣に力は乗っていたはずなのに、打ち込んだ手応えという物が一切なかった。

 まるで布にでも打ち込んだのではないかと思うほど、威力を全て吸収されていた感覚。


 と思えば、押し返しの威力はビックリするほど強く、ゼロ距離から突き飛ばされたとは思えないほどの威力で押し返された。

 ……今の一回の攻防だけで、力の差を明確に分からされ、勝ちを諦めないと意気込んでいた気持ちも既に折れかけてしまっている。


「ルイン、どうした? 威力は申し分なかったぞ。どんどん打ち込んでこい」


 尻込みしている俺に、キルティさんからそんな言葉が飛んできた。

 実力差がありすぎて戦いにすらなっていないが……せめて一撃でも当てれるように打ち込みまくろう。

 幸いにもキルティさんから、俺に対して攻撃を行うと言う動作は見られていないから、そのハンデを貰っているならチャンスはあるはず。


 とにかく頭を働かせ、どうすればあのキルティさんに一撃を打てるのか。

 頭の中で戦略を色々と考えていく。


 魔力草とボム草のコンボで怯ませれば、隙も生まれると思うんだけど……。

 どうしても狡い戦略しか思いつかず、結局正攻法な作戦を思いつかなかった俺は、とりあえず色々と動いて隙を衝くと言う作戦に切り替えた。

 多分、立ち止まって考えたところで、一生キルティさんに一撃を打てる方法は思いつかないだろうしな。


 そんな考えから、俺は一直線にキルティさんの下まで走ると、目の前で止まってから旋回し、背後への回り込みにかかった。

 キルティさんの背後をなんとか衝くように、ぐるりと回ってから薙ぎ払う形で木剣を振ったのだが、そんな俺の変化させた動きにもキッチリと対応し、正面で受け流してきたキルティさん。

 

 こっちは何十歩も動いているのに対し、キルティさんは一歩引いて反転させるだけで対処出来てしまう。

 こういった足捌きや体捌きだけを取って見ても、実力差を感じる。


「動きは悪くないが振りが弱い。どんな体勢だろうが力を乗せて振り切らないと意味がないぞ」


 そして、しっかりとすぐにアドバイスまでしてくれるキルティさん。

 アドバイスはありがたいけど……不意を衝くような動きをしたのに、そこまで余裕があると言うのか。


 もっと速く、そしてもっと鋭く攻撃を行わないと駄目だ。

 せめてアドバイスする余裕がない程の一撃を打ち込みたい。

 目標が徐々に小さくなっているが、一先ずの目標を決めて、俺は攻撃を再開したのだった。



★   ★   ★



 右――に行くと見せかけて、左からの袈裟斬り。受け止められた瞬間に持ち手を変えて斬り上げ。

 これも駄目。……俺は流れのまま、即座に体を反転させて、死角に体を潜らせてから、この試合5度目となる死角からの突きを繰り出すが……くそ、また駄目か。


 あれから様々な動き、そして攻撃方法を試していったのだが、どれも有効打となり得る攻撃には至っていない。

 アドバイスをさせないと言う目標は達成できているが、まだ表情を見るに余裕はありそうだし、キルティさんから攻撃を行ってこないというハンデも継続中。

 今の俺の目標は、フィニッシュに唯一自信のある上段斬りを持って行くこと。


 袈裟斬りにしろ、薙ぎ払いにしろ、斬り上げにしろ……練度が足りていないが故に、有効打にはなり得ていない。

 そんな中、上段からの斬り下ろしだけが俺が唯一自信がある攻撃のため、これを最後の一撃に持っていくしか、キルティさんに一発浴びせる方法はない。

 最初の一撃は完璧に止められてしまったが、不意さえ衝いてから打つことが出来れば、有効な一撃になると俺は踏んでいる。


 潜り込ませてからの突きを外した俺は、そのままの状態から足元に向かって薙ぎ払いを行う。

 これも躱されるが、キルティさんの躱した動きに合わせて体を起こし、そのまま袈裟斬りへと移行させたのだが……この袈裟斬りも難なくバックステップで躱された。

 ただ……もう少しだ。もう少しで上段斬りの形に持って行けるはず。


 袈裟斬りを躱された状態から、一歩踏み込んで斬り上げ。

 つい先ほどと同じ展開に持って行った俺は、今日6度目となる死角への潜り込みを図り、突きを狙う‟フリ”をする。


 そう。

 先ほどまでの死角への潜り込みからの突きは撒き餌で、今回行った潜り込みはキルティさんの隙を衝くためのもの。

 今までは突きを行っていたタイミングで、キルティさんから見て斜め下の死角から、一気にキルティさんの背後へと移動する。

 

 案の定、突きが飛んでくると予測していたキルティさんは、死角から死角へと移動した俺を一瞬だけ見失い、そこに一瞬の隙が生まれたのを……俺は見逃さなかった。

 背後へと回り込んだ俺は上体を一気に起こすと、素振りで散々練習した上段からの振り下ろしを、隙を見せているキルティさん目掛けて行ったのだが……。

 

 そんな背後からの全力で放った一撃すらも、腰を落としてこちらに振り返ったキルティさんに止められてしまった。


 上体を起こす際の動きをスムーズに出来れば……。

 もう半歩だけ距離を取って、完璧な距離で上段からの打ち込みを行えていたら……。


 色々な反省点が押し寄せてくるが、一番最初に打ち込んだ時の威力を完璧に吸収された一撃とは違い、手ごたえは完璧で……まるで金属同士がぶつかったような音を静かな朝の空に響かせていた。



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